あなたとお月見
 夕食を食べ終わってしばらく経ち、私はふと月が眺めたくなって縁側へと出た。
 草むらでは虫達が思い思いの楽器を奏でていて、その調べに少しの間耳を傾ける。
 空を見上げるとそこには満天の星空。
 そしてその中心に、まん丸になった月が鎮座していた。
 蓬莱の薬を飲んで、あそこから追放されてから随分経ったはずなんだけど、それがつい最近のことのような気さえしてくる。
 自分は永遠の命を持つ。
 それは比喩や例えではなく、字のごとくの意味。
 死ぬことも老いることもない不老不死の命なのだ。
 だから実際の時間では気の遠くなる時も、私にとってはついこの間のことのように感じられたりもする。
「あら輝夜、どうしたんですかこんなところで?」
「月をね、見ていたの」
 後ろから聞こえてきた声に、振り向かずに返事をする。
 それは別にそちらを向きたくなかったからではない。
 その声を聞いただけで、振り向く必要もなく誰がそこにいるのかわかったから。
「月を…ですか?」
「うん、永琳も一緒に見ない? こうして外から見る分には、とっても綺麗よ」
 自分の座っている隣の床をポンポンと叩き、先ほどの声の主―――永琳に隣に座るよう促す。
 そんな私の仕草に苦笑しながらも、永琳は私の隣に腰を下ろした。
「珍しいですね、輝夜が月を眺めたくなるなんて」
 確かにそうかもしれない。
 以前あそこにいたときはつまらない日々ばかりで、地上に降りてみたくて蓬莱の薬を飲んだし、迎えが来たときも帰りたくなくて、追っ手を殺してまで逃亡したと言うのに。
 そんないい思い出なんか一つもないはずの、月を見たくなるなんて。
「今はこの幻想郷に居る限り、追っ手はやって来れないとわかったから穏やかに過ごせていますけど、もしそうじゃなければ未だに逃亡生活が続いていたのよ。あの月のせいでね」
 本当は私のわがままのせいもあるというのに、永琳は私のことを責めようとはしない。
 きっと私があそこでの退屈を我慢できていれば、永琳にもこんな苦労をかけずに住んだと言うのに。
 だから時々不安になる。
 永琳は変わらず私に接してくれているけど、本当は私に協力したことを後悔しているんじゃないかって。
 もちろん永琳を疑っているわけじゃないけど、どうしてもそう思ってしまう。
 だって私のわがままで彼女の平穏を壊し、長い間の逃亡生活を強いることとなったのだから。
「ねぇ永琳、永琳は私と来たこと後悔―――」
「―――後悔してませんよ」
 言葉を言い終わる前に否定され、思わず面食らってしまう。
 そんな私に、永琳は呆れたようにため息をついた。
「まったく、何度も言っているでしょう。私はあなたに協力したことを後悔なんてしていませんし、もし今同じ選択肢を迫られたとしても、迷わずあなたと歩む道を選ぶと」
「だ、だけどもし私に協力しなければ、あなたは平穏な日々を送ることが出来たじゃないっ。それなのに私のわがままなんかで大変なことに…」
 普通なら後悔してしまうと思う。
 なぜなら私達が月から逃げ続けていた年月は、あまりにも長かったから。
「私はあなたに協力すると決めたあの日から、あなたのことを守ると決めました。その想いは今も変わりません。そしてこれからも」
 そう言う彼女の表情はとても優しく、しかし強い意志が感じられる。
 今までどんな困難があろうと私を守り抜いてくれた永琳。
 そのこれからも守り続けてくれると言う言葉と、強い視線に胸が高鳴る。
「永琳…ありがとう」
 短い言葉だけど、その一言に全ての想いを込めて。
 あなたが私を守り続けてくれるのならば、私は永久にあなたとそばを離れないでいようと思う。
 だってあなたが私を想ってくれるのと同じくらい、私が永琳を想う気持ちも大きいから。
「でも輝夜が言うとおり、こうして見る分には綺麗ですね。あの月も」
 そう言って永琳は月を見上げながら目を細める。
 その横顔には月の美しさに感動しているだけとは言いがたい、いろいろな感情が入り混じっているように見えた。
 やはり月に居たときのことや、今までのことを思い出しているのだろうか?
 なんとなくだけどその横顔は、ほんの少しだけ寂しげに見える。
 いくら長い間一緒にいるといっても、心の中まで見透かすことは出来ないから、本当はどんな想いで月を見ているのかはわからない。
 もし出来るなら、その寂しそうな横顔を笑顔にすることだって出来るのに…。
「ね、ねぇ永琳っ。きっと私もね、あんなことがあったから普通だったらこんな風に月を見ても、綺麗だなって思えなかったと思うのっ」
「そうなの? じゃあどうして月が綺麗だなんて…」
 心の中を覗くことなんて出来ない。
 それでも、永琳には笑顔で居て欲しい。
 それに心の中までわからなくったって、きっと私の気持ちは伝わるはず。
 だって私と永琳は、この世界の誰にも負けないと自負できるくらい、強い絆で結ばれているんだから!
「きっと永琳と一緒に見てるからだと思うの。確かに月には良い思い出ばかりがあるわけじゃないわ。でも永琳と一緒に見ているからこそ、そんな月もこんなに綺麗に見えるのよっ」
 私は自分の気持ちを、しっかりと永琳に伝える。
 私だってきっと、一人で眺めていたりなんかしたら、あの月を見て綺麗だなんて思えなかっただろう。
 純粋に月の美しさを感じるには、私はちょっとあそこと深くかかわりすぎた。
 だけどそんな嫌な思い出や暗い気持ちだって、永琳と一緒に居ると吹き飛んでしまう。
 自然と晴れやかな気持ちになれて、暗い過去だって笑い飛ばせる。
 だからこそ彼女と一緒に居ると、あの月だって綺麗に見えてしまうのだ。
「か、輝夜…」
 私の言葉が意外だったのか、永琳は驚いた顔をしている。
 それに加えて顔まで赤くなっているんだけれど、もしかして変なことを言ってしまっただろうか?
 特に恥ずかしいことなんて言っていない気がするんだけれど…。
「あのね輝夜、あなたその言葉の意味分かってます…?」
「え? 言葉の意味って…?」
 永琳の言っている意味が分からず首を傾げる。
 変な意味の言葉を使ってしまった覚えはないのだけれど…。
「い、いえっ知らないのならいいのよっ。どうやら私の勘違いだったみたいですからっ」
 慌てて取り繕うように笑う永琳。
 そして今度は下を向いてブツブツ独り言を言ったりしているけど、いったいどうしたのかしら?
 急に赤くなったり、独り言を言ったりしてへんな永琳である。
「…でも確かにこうして輝夜と一緒に見ているからこそ、あの月だってこんなに綺麗に見えるのね」
 そう言って再び月を見上げた永琳の顔は、先ほどとは違ってとっても晴れやかに見えた。
 どうやら私の言葉がしっかりと届いてくれたみたいだ。
 柔らかくなった永琳の横顔を眺めていると、急に永琳がこっちを向いてきて目がバッチリ合ってしまう。
 目を逸らそうとしたけれど、その永琳の笑顔に視線が吸い込まれて逸らすことができない。
 そうして少し見つめあった後、ゆっくりと永琳が口を開いた。
「あなたと一緒に見ていると、本当に月が綺麗ですね」
 私を見つめながらそう言う永琳の顔は、なんだかとっても綺麗で、思わずドキッとしてしまう。
 おまけに月明かりに照らされる彼女の姿はとても神秘的で、鼓動の高鳴りに拍車をかけていた。
 でもなぜ月が綺麗と言う言葉を、私と面と向かって言ったのだろう?
 普通なら月を見上げながら言うと思うのだけれど。
「さて、それじゃあそろそろ中に入りましょうか。秋でも夜は冷えますし」
「えっ? …あ、うん……そうね」
 急に切り替えて中に入ろうと言う永琳に、私はちょっと肩透かしをされた形になる。
 でも永琳の言うとおり、秋とは言えど夜になると肌寒くなるし、こんな薄着で居ては風邪を引いてしまう。
 もう少し一緒に月を眺めていたかったけど、しょうがないだろう。
 そうなれば、また永琳に迷惑をかけてしまうし。
 ……でも、風邪を引いて永琳に看病してもらうのもいいかも…。
「そうだ輝夜」
「えっ? な、なにかしら永琳」
 不謹慎な考えを見透かされるたかと思い、ついビクッとなってしまう。
 だけど永琳が口にしたのは、私が予想していた言葉と180度違うものだった。
「たまには新聞とかも読んだほうがいいわよ? 例えば、昨日の文々新聞には面白いことが載っていたから、あとで見てみるといいわ」
 永琳の言葉に、またしても首を傾げてしまう。
 確かに私は普段読書とかはあまりしないけれど、なぜ今のタイミングでそんなことを言い出すのだろうか?
 う〜ん、読書の秋だから…ということかしら?

 結局その後もそのことについては聞けずじまいで、翌朝さっそく永琳に言われたとおり、その新聞を読んでみたのだけれど、その中には外の世界の文学という特集が組まれていた。
 その文章自体は幻想郷に流れ着いた、外の世界の本に書かれた文章やその書き手について紹介したものだったのだけど…。
 その記事の中で、ある人物がとある言葉を意訳した逸話が書かれていて、思わず赤面してしまった。
 だって永琳が私の言葉に赤くなっていた理由も、月ではなく私を見ながら永琳が言った言葉の意味も、全部分かってしまったから。
 今思い返すと、これを読んでいた永琳からすれば、なんて恥ずかしい言葉を言っていたんだろう…。

 ―――だけど、今度はちゃんと面と向かって言おうと思う。
 確かに恥ずかしいけれど、赤面してしまうかもしれないけれど、それ以上に永琳を想う気持ちのほうが大きいから。
 だからこそ、今度は目一杯の想いを込めて、この言葉を―――


 ―――「あなたと一緒に居ると、月がとっても綺麗だわ」




<あとがき>
 イベントとかで忙しかったためにだいぶ遅れてしまって、今更感がありますが、
 nonさんへのお誕生日お祝い小説になります。
 えーてるがお好きと聞きましたので、書かせていただいたわけですが
 これがえーてる初書きだったために、上手く書けているか、
 nonさん好みのえーてるになっているか心配なのですが、大丈夫でしょうか…?
 ネタ的には夏目漱石先生が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳した
 というお話を聞いたことがあったので、使わせていただきました^^
 直接「愛してる」っていうのもいいですけれど、そうして奥ゆかしく?
 伝えるのもとっても素敵だと思います^^
 なので、漱石先生に倣って文章中でもあえて直接的な言葉は避けてみました。
 そのせいでちょっと読みにくくなってるかもしれませんが…;;
 と、余計なことまで書いてしまいましたが、nonさんお誕生日おめでとうございます!
 いつもnonさんの素敵な絵には感動しっぱなしです!><
 こんな私ですが、よろしかったらこれからも仲良くしてやってください^^






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