ここ幻想郷には、あまり知られていないクリスマスにまつわる伝説があった。
森の中の開けた場所に、一本の立派なモミの木があり、その木の下ではクリスマスの夜奇跡が起こる、というものだ。
そしてその木をクリスマスに訪れたカップルは、幸せになれるらしいというそんな伝説が―――
「うぅ…き、緊張するな…」
緊張に身体をこわばらせながら、冬の雪道を歩いていく。
目に映る景色はすっかり雪化粧をして、真っ白に染まっている。
いつもならば他のどの季節よりも静かなこの時期なのだけど、今日は違っていた。
人里では人々が行き交い、冬には珍しく活気付いていて、他の人が居る場所でもいつもより賑わいを見せている。
なぜなら今日は特別な日―――クリスマスなのだ。
そして私が緊張している理由も、今日という日に関係している。
去年までだったらクリスマスになんて興味はなかったのだけど、今年は違う。
今年は、今日を一緒に過ごしたいと思う人が居るからだ。
今私が緊張しているのも、向かっている先にその人が待っているから。
「白蓮さん、OKしてくれるかな…」
そう、私が今から会いにいく相手というのは、白蓮さんのことなのだ。
もちろんただ会いに行くだけでこんなに緊張しているわけではない。
…いや、最初の頃は確かに、それだけで緊張したりもしていたけれど。
でも今緊張している理由は他にあって、白蓮さんにある約束を取り付けに行くつもりだからだ。
その約束と言うのは、
「ちゃんと、あのモミの木の下に来てくださいって伝えなくちゃ…」
と誘うことだ。
あのモミの木とは、ただのモミの木ではない。
あまり知られていない言い伝えではあるが、実はそのモミの木には一つの伝説があるのだ。
私もついこの前までは知らなくて、紅魔館の図書館で本を読ませてもらっているときに偶然見つけた本に書いてあった話で、そこに書いてあったのはこんな内容だった。
“クリスマスの夜、そのモミの木の下では奇跡が起こる。そしてその日にそのモミの木を訪れたカップルは、幸せになれる”
こういう類のクリスマスに関係する伝説は、ちょっと形は違えどよくある話しだし、今でも正直なところ半信半疑なんだけど、それでも日付が今日になってから居ても立っても居られなくなって家を飛び出していた。
といっても、今では緊張ですっかり家を出たときの勢いはなくなっているけど…。
それに、その言い伝えの中に“恋人”という単語が入っているせいで、余計に緊張してしまう。
だって、私と白蓮さんはまだ、恋人でもなんでもないもの…。
もし自分と白蓮さんが、その…恋人同士だったとしたら、多分誘いやすいのだと思うけど、私は白蓮さんと恋人ではないし、好きって言ったことも、もちろん言われたこともない。
白蓮さんが私のことをどう思っているかはわからないけれど、私は白蓮さんのことが………その、好きなんだけど……。
「はぁ……でも自分から伝えるなんて、出来るわけないわよ…」
こうやって白蓮さんを誘うだけでも緊張してるのに、自分の気持ちを伝えるなんてこと出来るはずがない。
「もう少し私に勇気があれば……」
そうこう悩んでいるうちに、白蓮さんが住んでいるお寺が見えてきた。
そろそろ覚悟を決めなければいけない。
「今夜一緒にモミの木を見に行きませんかって誘うだけだもの。いくら私でもそれくらい―――……言えないかも…」
ここまで来ておいて、ついしり込みしてしまう。
もう白蓮さんのお寺までは目と鼻の先だと言うのに…。
だ、だめよアリスっ、こんなところで立ち止まってちゃっ! 今日はちゃんと白蓮さんを誘うって決めたじゃないっ!
心の中で自分に言い聞かせ、決意をしなおす。
そして再び一歩を踏み出―――
「あら、アリスさん? どうしたんですかこんなところで?」
「びゃ、白蓮さんっ!?」
―――そうと顔を上げたら、白蓮さんが歩いてくるところだった。
「えっ、その…あの、えっとっ……」
予想外の白蓮さんの登場に、私は動揺してしまう。
と、とにかくなにか言わなきゃっ。
「そ、その……びゃ、白蓮さんは今夜、お時間開いてたりしませんかっ」
―――って、あぁぁあああっ!?
い、いきなり本題に入っちゃったっ!?
「今夜? 今夜は確か、博麗神社に皆で集まってパーティをやるんじゃなかったかしら?」
「…え? 霊夢のところでですか?」
「えぇ、私のところにも何日か前に招待状が届いていたから…。アリスさんは霊夢さんと仲がいいみたいですし、もちろん行かれるんでしょう?」
白蓮さんから言われて思い出そうとしてみるけど、霊夢からの招待状なんて来た覚えが…………あっ。
考えてみたら思い当たる節がある。
確か紅魔館でこのモミの木の話を見つけてから家に帰ったとき、郵便受けになにか届いていたような…。
だけどあのときは、そっちの言い伝えのほうばかりに意識がいってしまっていて、手紙のほうは仕舞ってしまい、それからも一度も目を通していなかった。
せっかく霊夢が招待してくれたのに、私は自分のことばかりで…。
霊夢は私が落ち込んでいるときは元気付けてくれて、一歩踏み出せずに居ると背中を押してくれる―――そんな私の一番の親友なのだ。
だからこそ、霊夢のことは大事にしようって、思ってたのに……。
「…どうしたのアリスさん? 急に俯いてしまって…」
「いえ、なんでもないんです…。その、変なこと聞いてすみませんでしたっ。じゃあまた今夜にっ」
「えっ、ちょっ、ちょっとアリスさんっ?」
それだけ言うと私は全速力で走り出した。
こんな自分勝手な私が、白蓮さんを誘うなんて出来ない。
後ろで白蓮さんの声が聞こえたけど、振り返ることなんて出来なかった。
だって今の暗い顔を、白蓮さんに見られたくなんてなかったから―――
辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
朝には晴れていたけれど、午後になってから降り出した雪は未だやまずに積もっていく。
吐く息は白くなり、今の寒さを物語っていた。
「はぁ……ホントになにやってるのかしら…」
自分のバカさ加減に呆れてため息をつく。
今居る場所は自分の家でも、今頃パーティが行われているであろう博麗神社でもない。
ここは今日白蓮さんと見に来ようと思っていた場所―――伝説のモミの木の下だ。
あれから家に帰って確かめてみたんだけれど、思ったとおり引き出しの中に霊夢からの招待状が未開封のまま仕舞われていた。
本当ならば霊夢のうちに行くべきなんだろうけど、どうしても朝の一件のせいで暗い気分が晴れなくて行くことができなかったのだ。
それにこんな気分のままパーティに参加しても、きっと盛り下げちゃうだろうし…。
「…霊夢にはあとで、ちゃんと謝ろう……」
理由をなんと伝えようか迷うけれど、とにかくきちんと謝らなければならない。
招待状の中身を見たけれど、私とパーティを参加するのをとっても楽しみにしてくれてたみたいだし…。
あとは白蓮さんにも……
「白蓮さん、朝のこと怒ってるかしら…?」
私のほうから話しかけたのにも関わらず、一方的に会話を終わらせて帰ってきてしまったのだから、きっといい気分ではないだろう。
ホントに今日は、嫌な印象しか皆に与えていない気がする。
「……なんで私は、こんなに駄目なのかしら…」
あまりの失敗続きに、気持ちが沈んできてしまう。
っ……なんだか泣いちゃいそう…。
思わずうるっときてしまい、涙がこぼれないように上を見上げる。
すると目に入った大きなモミの木。
今回の事の発端となった、おそらく幻想郷でも一番立派かもしれないモミの木だ。
この木の下では、今夜奇跡が起こるらしい。
もしかしたらただの迷信かもしれないけれど、本当に起きるのだとしたらそれはいったいどんな奇跡だったのだろう?
「まぁこんな私には、起こってくれるはずないわよね…」
きっとサンタクロースなんかと一緒で、いい人にしか起こってくれない奇跡なのかもしれない。
だから、さっきからずっとここにいるのに、なにも起こらないのだろう。
……だけれど、もしも…もしも私の身にも奇跡が起きてくれるのだとしたら―――
「………白蓮さん、来てくれないかな……それこそホントに、奇跡だけれど……」
今頃は博麗神社でパーティをしているであろう白蓮さんが、こんな場所に来てくれるなんてありえない。
もし来てくれたとしたら、それはまさに奇跡だろう。
そんなことはまず、起こるはずが―――
「ふふっ、ならその奇跡―――起こしてみせましょうか?」
「えっ?」
―――その声のしたほうを振り向いたのと、それが起こったのは同時だった。
その出来事は奇跡と呼ぶに相応しいもので。
モミの木の上から声がしたと思ったら、一斉にモミの木が色とりどりの光の玉に包まれたのだ。
その光景は、モミの木が光の玉で美しく着飾られていくようで、まるで―――
「……クリスマスツリーみたい…」
闇夜に突如として現れたそのクリスマスツリーは、今まで見たとこのあるどのツリーよりも綺麗で、思わず見とれてしまう。
「気に入ってもらえたかしら、アリスさん?」
「えっ?」
自分の名前を呼ばれ、現実に引き戻される。
ど、どうして私の名前を…?
まさかこの声の人、もしかしたら……。
ありえないと否定している自分と、そうであって欲しいと願う自分の二つの心がひしめき合っている。
そしてゆっくりと人影が、木の上から降りてきた。
その人は―――
「う……そ、白蓮………さん?」
―――ずっと来て欲しいと願っていた、白蓮さんだった。
「どうかしら? 即興だったんだけど、上手くいったほうだと思うのですけど」
「あっはい、とっても綺麗で思わず見とれちゃいました…」
「ふふっ、それは頑張った甲斐があったわ」
素直な感想を伝えると、白蓮さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
だけど、どうして白蓮さんこんなところに…。
「で、でも白蓮さん、どうしてここに私が居るって分かったんですか…?」
「あぁそれはね、霊夢さんが紫さんや萃香さんにお願いして、アリスさんの居場所を探してもらってたのよ」
そんなふうに霊夢が頑張ってくれていたなんて…。
私はせっかく招待してくれたパーティをすっぽかしたというのに…。
「霊夢さん、心配してましたよ? アリスさんはなにも言わずに欠席するような人じゃないから、なにかあったのかもしれないって」
「霊夢……心配してくれてたんだ」
てっきり約束をすっぽかしてしまったから怒っているかもしれないと思っていたけど、そんな風に心配してくれていたなんて、申し訳なくも思うけれどとっても嬉しい。
やっぱり霊夢は、霊夢自身が思ってるよりずっと、優しい子なのだ。
「でもね、霊夢さんも心配していたけれど―――」
そこまで言うと白蓮さんは私のすぐそばまでやってきて、
「―――私だってとっても心配したのよ?」
ふわり、と優しく抱きしめてきた。
「びゃ、白蓮さんっ!? あ、あのっ」
突然の抱擁に、私の心臓は凄い速さで高鳴り始める。
な、ななな…なんで白蓮さんが…!?
「どうしたの? もし紫さんとかが見てないか心配なら大丈夫ですよ。霊夢さんが気を使って人払いしてくれましたから」
霊夢がなんでそんな気の使い方をしてくれたのかは分からないけど、それも気になっていたことは確かだ。
だけど私が動揺している理由はそうじゃなくて……
「その……なんで私のことを…だ、抱きしめてるんですか?」
「あら、もしかして嫌だったかしら?」
「い、いえっ、嫌とか言うわけじゃないんですけど…その、理由がわからなくて…」
私は今日白蓮さんに、マイナスな印象はもたれても、プラスの印象なんてもたれることは一つもしてない。
それなのに、こんな風に優しく抱きしめてもらえる理由が見当たらないのだ。
「理由と言われても、特にこれといったものはないのですけど…。だって―――」
白蓮さんはゆっくりと私から離れると、にこりと笑いかけながら、
「―――好きな人を抱きしめたくなるのに、理由なんていらないでしょう?」
なんて、とんでもないことを言ってくれた。
「えっ!? す、すすすっ好きな人って……! えぇっ!?」
白蓮さんの口から出た、あまりにも予想外な一言に、心臓が跳ね上がる。
い、今確かに、白蓮さんが私のこと……す、好きって………!?
「ふふ、そのままの意味ですよ? もちろん友人としてとかじゃなくて、一人の女の子として愛している…と言うことよ」
顔を赤くしながら、白蓮さんが気持ちを伝えてくれる。
だけれどあまりに突然のことで、なんだか夢を見てるみたい。
ついさっきまでは、白蓮さんに嫌われてしまったんじゃないかって心配していたんだから。
「あぅ……そ、その…ホント……ですか?」
白蓮さんを疑うわけじゃないけれど、つい聞き返してしまう。
だって、白蓮さんが私のこと……好きでいてくれた、なんて…。
「本当ですよ。こんな素敵な雰囲気の中でそんな嘘をつくほど、私はバカじゃないですから」
そんな冗談を言いながら、いらずらっぽく笑う白蓮さん。
でも確かに、白蓮さんはこんな大切なことで嘘を言うような人ではないことは、私もよく知っている。
……ということはつまり―――白蓮さんが私のことを好きだということなんだ…。
ほ、本当に……夢じゃないんだ…。
なんだかこうして白蓮さんの口から言われたあとも、実感が湧かない。
まるでこれは夢の中で、本当の自分はベッドの中で眠っているんじゃないかと言う錯覚に陥ってしまう。
だけどこの胸のドキドキと顔の火照りが、これは現実なのだと教えてくれる。
白蓮さんを想いはじめた時から、ずっと心に秘めていた願いが叶うときがくるなんて…。
時には諦めそうになり、ありえないことだと考えてしまい落ち込んだ日もあった。
だけど、その度白蓮さんの笑顔が思い浮かんできて、白蓮さんへの想いがあふれ出てきて、諦めるなんてできなかったのだ。
そして今、その願いが―――白蓮さんと両想いになりたいという夢が、こんな最高の形で叶うなんて言葉では言い表せないくらい嬉しい。
「白蓮さん……ありがとう、ございます…。私……ホントに嬉しい…」
あまりにも嬉しすぎて、思わず泣いてしまいそうになるのをぐっと堪える。
大事な願いが叶ったこの瞬間を泣き顔ではなく、笑顔で過ごしたいから。
「…喜んでもらえるの? 私はてっきり、アリスさんを困らせてしまわないか心配だったのだけど…」
「そんなことないですよ…。嬉しいに決まってます。だって私も……白蓮さんのこと、好きですから…」
気づいたら、自然と言葉が出ていた。
普段なら躊躇してしまうような言葉だけど、きっと今だから言えたんだと思う。
白蓮さんへの気持ちが絶えずあふれ出してくる、今この瞬間だから。
「アリスさん……嬉しいわ。さっき私に来て欲しいって呟いてたアリスさんを見て、もしかしたらとは思っていたんだけど、こうやってちゃんとアリスさんの口から聞けて、本当に嬉しい」
嬉しそうにはにかむ白蓮さんにつられて、私も自然と笑顔になる。
胸のドキドキは収まらないし、きっと顔も真っ赤だろうけど、それもなんだか心地よく感じた。
「…ねぇアリスさん、今日はクリスマスだしアリスさんからのクリスマスプレゼントが欲しいのですけど」
「えっ? あ、あのすみません…。まさか白蓮さんに会えると思ってなかったので、なにも用意してないんです…」
白蓮さんからはこんな素敵なサプライズを貰ったのに、私にはなにもお返しできるものがない。
こんなことなら何か用意しておくべきだったなと、私が後悔しそうになっていると、白蓮さんは首を横に振った。
「大丈夫ですよ。私が欲しいプレゼントは、すでにアリスさんが持ってますから」
「そ、そうなんですか? でも私、特に白蓮さんに上げられるようなものなんてないんですけど…。白蓮さんの欲しいものって一体なんですか?」
「それはね…」
そこまでいうと白蓮さんは私のことをじっと見つめてくる。
私が思わず視線を逸らしそうになっていると、白蓮さんの両手が私の肩に乗せられて―――
「…これですよ」
―――次の瞬間、二つの影が重なった。
そしてそのあとには、嬉しそうにはにかむ白蓮さんと、顔から湯気が出そうなほど真っ赤になった私の姿があった。
空はいつのまにか晴れて満天の星空。
そこには沢山の星たちがきらめいていて、なんだか私たちのことを祝福しているように見えた。
最初は少し半信半疑だったモミの木の伝説も、今では信じられる気がする。
だってクリスマスの夜にこの木の下を訪れた私達は、こんなにも幸せになれたんだから―――
<あとがき>
だいぶ遅れてしまいましたが、白アリクリスマス小説です。
なんだかまたしても予定していた長さより長くなってしまい、
そのせいでこんなに遅れてしまいました、すみません;;
最後のシーンで白蓮さんがアリスになにをしたかは、
きっと皆さんわかりますよね?^^
今回もほとんどニゲルさんへの捧げモノみたいな感じなんで
もし読んでくださったら、なんらかの形でコメントくださると
嬉しいです^^
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