白アリ週間一日目「月」

 辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
 足元には真っ白な雪が降り積もり、後ろを振り向くと今まで歩いてきた足跡がはっきりと残っている。
 吐く息は白くなり、気温の低さをより強く感じさせられる。
 空を見上げると綺麗に瞬く星空の中に、柔らかく光っている月が浮かんでいた。
「どうかしらアリスさん、冬に見る月も結構いいものでしょう?」
 後ろからかけられた優しげな声に振り向く。
 そこにいるのは、私のことを月を見に行かないかと誘ってくれた人、白蓮さんだ。
「そうですね、普段冬には特別意識して月を見ようとはしませんけど、こうして見てみるととっても綺麗です…」
 一般的に月をしっかり見るのは、お月見がある秋や、夜でも外に出ることが出来る暖かい季節だ。
 それに冬に空を見上げたときに意識がいくのは、大抵空の空気が澄んでいるおかげで一年のうちで一番良く見えるといわれる、星のほうだと思う。
 私もそんなご他聞にもれず、冬に月を今のように意識してみるなんてことはなかったんだけど、あらためてみれば、周りで輝く星達に負けないくらい綺麗だ。
「ふふっ、アリスさんにも気に入ってもらえたみたいで良かったわ」
 私の月に見入る様子を見て、嬉しそうに笑う白蓮さん。
 私も、白蓮さんとこんな風に月を見に来ることが嬉しい。
 だけど、白蓮さんから誘われたときから一つ、気になっていることがあった。
 それは―――
「…ところで白蓮さん。その…なんで私のこと、月を見に行こうって誘ってくれたんですか?」
 そう、白蓮さんが私のことを誘ってくれた理由がさっぱり分からないのである。
「あ〜…、ごめんなさいね。急に夜になって押しかけたうえに、いきなり月を見に行こうなんて驚かせてしまったでしょう?」
「い、いえっ…それは大丈夫ですっ。白蓮さんに誘っていただいて、その……う、嬉しかった…ですし……」
 確かに白蓮さんが誘いに来たのは今日のすっかり暗くなった後で、最初はちょっとビックリしてしまったのも事実だ。
 普通だったら、ちょっとお断りしたくなる時間帯でもあるし…。
 けれどそれよりも白蓮さんに誘ってくれたことのほうが嬉しくて、迷惑だなんて思わなかった。
「ですけど、やっぱり冬の今は星を見ようとは思っても、月を見ようとは思わないじゃないですか。それなのに、白蓮さんはどうして月を見ようと思ったのかなって…」
 私も白蓮さんに言われてまじまじと見たから今の月の美しさに気づいたけど、普通はやっぱりこの時期には別段月を眺めてみようとは思わない。
 仮に空を見上げてみたとしても、周りの星達の輝きに目を奪われてしまうだろう。
 そんな状態の中で他の誰かを誘って、一緒に月を眺めてみようとは考え付かない気がする。
 それなのに、どうして白蓮さんは私と月を見ようと思ってくれたのだろうか?

「それはね―――ふと月を見ていたら、アリスさんのことを思い出したからなの」

「えっ? 私のことを…ですか?」
 どうして月から私のことが連想されたんだろうか?
 あの綺麗な月と私とじゃ、似ても似つかないと思うんだけど…。
「えぇ、けして周りで輝く星達ほど派手ではないけれど、優しく柔らかに光り輝いていて、その儚げな輝きがアリスさんにとっても似ているなと思ったの」
「そ、そんなこと…。わ、私…き、綺麗なんかじゃありませんし…」
 私があの輝きと似ているなんて、そんなわけがあるはずないと思う。
 だって自分は綺麗でもないし、なにか輝けるような長所とかがあるわけでもない。
 そんな私があんな綺麗なものと似ているだなんて…。
「うぅん、そんなことないわよ。自分では気づいてないだけで、アリスさんはとっても綺麗ですよ。だって今も月明かりに照らされて、すごく綺麗ですから」
 優しげな瞳でじっと見つめられて、心拍数はどんどん上がっていく。
 ホントは違うと言いたかったんだけど、あまりの恥ずかしさで上手く口が動かなかった。
 そんな私に微笑みかけながら、白蓮さんはもう一度口を開く。
「それにねアリスさんと一緒に見ようと思ったのは、もう一つ見たいものがあったからなの」
「見たいもの…ですか?」
 他にも見たいものとはなんだろうか?
 白蓮さんの言い方からして、私が一緒に居ないと見れないものみたいだけど、そんなもの思いつかないし…。
「えぇ、それももうバッチリ見れたから今日はとっても満足よ。ありがとうアリスさん、今日は一緒に来てくれて」
「あ、はい。それはいいんですけど…。もう一つの見たかったものってなんだったんですか…?」

「ふふっ、それはね―――アリスさんの月明かりに照らされる横顔が見たかったの。思ったとおり、とっても綺麗だったわ」

「えっ……えぇっ!?」
 あまりに予想外な白蓮さんの答えに、一瞬反応が遅れてしまう。
 つ、月明かりに照らされる私の横顔って……えぇっ!?
「さて、じゃあそろそろ帰りましょうか?」
「ちょ、ちょっと待ってください白蓮さんっ! そ、それっていったいどういう意味ですかっ?」
 スタスタと帰り始める白蓮さんに、慌ててさっきの言葉の意味を聞き返す。
 私の横顔が見たかったって、白蓮さんの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
 だって、それってまるで、こ……恋人に対して言うような言葉みたいだもの…。
「くすっ、さて…どういう意味かしらね?」
 だけどはぐらかして歩いていってしまう白蓮さん。
「あっ、待ってください白蓮さんっ」
 その白蓮さんに急いで追いつく。
 その後も何度か聞いてみてたけれど、その度にはぐらかされてしまってどういう意味かは教えてくれなかった。
 いったいどういう考えで、あの言葉を言ってくれたのだろうか?
 ありえないことだと思いつつも、自分に対して特別な思いがあるんじゃないかと考え、期待してしまう。
 だって白蓮さんのことが私―――……

 そんな私達の帰り道を、空に浮かぶ月が優しき照らし出してくれる。
 連日雪が降り続く中、珍しく雲もなく晴れ渡り、月や星が綺麗に見えた―――そんな静かな夜の出来事だった。






<あとがき>
 「白アリ強化週間」で書いた小説です。
 一日で書いたものですので、クオリティがあれかもしれませんが;
 とりあえず最初と言うことで、甘さ控えめな内容にしてあります。
 多分ラスト3本ぐらいになってからは、いつもの甘さに戻していくかとw






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