白アリ週間三日目「水」

 あついと思わず連呼したくなるような、強い日差しが降り注ぐ。
 季節はすっかり夏真っ只中となり、連日暑い日が続いている。
 そんな中私は、湖に来ていた。
 普段あまり外出することがない私がこんな場所に居るのは、ある人に誘いを受けたからだ。
「やっぱりこういう暑い日は、水の近くで涼むにかぎりますね」
「そうですね。水の音を聞くだけで、なんだか涼しくなれる気がしますし」
 私の隣で湖を眺めている白蓮さんに返事をする。
 今日私をこの場所に誘ってくれたのは、白蓮さんなのだ。
 白蓮さんとは今年の春頃に出逢ったばかりなのだけど、霊夢から紹介を受けてからは何度かお家に遊びに行かせてもらってしていた。
 白蓮さんのお寺には他にも、白蓮さんのことを慕っている妖怪の人などが住んでいて、とってもにぎやかだったりする。
 皆とてもいい人たちなんだけど、普段あまり人と関わることのない私としては、ちょっとあの大人数は苦手かもしれない。
 もちろんその人たち自体が苦手なわけじゃないんだけど、どうしても一気に沢山の人たちに話しかけられたりすると、尻込みしてしまう。
「ところで白蓮さん、他のお寺の皆はどうしたんですか? 今日は居ないみたいですけど…」
 さっきから気になっていたことなんだけど、こういうときなら必ず一緒に来ていそうな寅丸さん達がいないのだ。
 てっきり今日も一緒だと思ったんだけど…。
「あぁ、彼女達は今日は呼んでないんですよ。お寺のほうで留守番してもらってるの」
「そうなんですか? でもどうして…」
 私のことを誘うくらいだから、きっと他にも結構な人数が来るんだと思って行くか行かないか迷っていたんだけど、来てみたら私一人でちょっと驚いた。
 でもなんで、彼女達を留守番させたんだろうか?
「だってアリスさん、あんまり人が多いのは苦手なんでしょう? だから今日は彼女達にはお留守番してもらってるの」
「わ、私のため…ですか?」
 予想外な答えにビックリしてしまう。
 白蓮さんには私が人混みとか苦手だってこと教えた覚えはないんだけれど、そこまでちゃんと私のことを見ていてくれたということだろうか。
 でも、そうだとして…どうして私のことをそこまでして誘ってくれたんだろう?
「えぇ、それに一度アリスさんときちんとお話してみたいって思ってたので。いつもはにぎやかになりすぎて、それどころじゃなくなってしまうでしょう?」
 そう言って白蓮さんは苦笑する。
「さて、じゃあせっかくですし浅瀬で遊んでみましょうか?」
「…はい? あ、遊ぶんですか?」
 またしても予想外なその提案に、思わず聞き返してしまう。
 てっきりその辺の木陰で涼みながら話をするものだと思ったんだけど…。
 そ、それに水遊びなんて、私の年でするのはちょっと恥ずかしいような…。
「あら、アリスさんはそういうことするの好きじゃないのかしら?」
「い、いえ…その……す、すみません…」
 ここはせっかく白蓮さんに誘ってもらったのだから、お誘いに乗るべきなんだろうけど、悩んだ挙句頷くことはできなかった。
「そう…。なら仕方ないわね。私は少しだけ歩いて来ますから、アリスさんは待っててくれますか?」
「はい…すみません」
「謝らないでください。私は今日アリスさんが一緒に来てくれただけで嬉しいですから」
 そう言って微笑みかけてくれた後、白蓮さんは靴を脱いだ後水の中に入っていった。
 その姿を少しの間眺めた後、私は自分の駄目さに俯いてしまう。
 ……実は恥ずかしいなんてこと程度で断ったわけではなくて、それはただの自分へのいいわけだ。
 本当の理由は、まだ知り合って間もない白蓮さんと深く係わり合いになるのが怖かったから。
 どうしても引っ込み思案なところのある私は、こういうとき他人との間を開けようとしてしまう。
 直そうとしてもなかなか治らない、私の悪い癖。
 せっかく白蓮さんから仲良くなろうとしてくれているのに、台無しにしてしまうなんて…。
 …私ってホント……駄目な奴…。
「ア〜リスさんっ」
「えっ? 白蓮さ―――きゃあっ!?」
 白蓮さんに呼ばれて顔を上げたと思ったら、いきなり顔に冷たい水がかかって悲鳴を上げてしまう。
 かかった水をぬぐって前を見ると、ニコニコ笑う白蓮さんが立っていた。
「ふふっ、そんな暗い顔をしていたら可愛い顔が台無しですよ?」
「か、可愛いなんてそんな…」
 不意打ちの言葉に思わず頬が熱くなり、その顔を隠すように俯く。
 可愛いなんて言葉、滅多に言われたことがないからどう対応すればいいのか分からない。
 すると、スッと目の前に手のひらが差し出された。
 再び顔を上げると微笑んでいる白蓮さんと目が合う。
「こんなところにいるよりも、私と一緒に散歩しませんか? きっと気持ちいいですよ?」
 私に向けられたその笑顔は、まるで真夏の太陽のように眩しく、だけど春の日に降り注ぐ木漏れ日のように優しかった。
 今まで自分の殻の中に閉じこもっているばかりだった私には、それは暗闇に差し込む一筋の光に見えて―――自然と、その手を取っていた。
「よかったわ。じゃあ行きましょう?」
「は、はい…」
 私は少し打つ向き気味に頷きながら立ち上がる。
 俯いていたのはなにも、まだ暗い考えをしていたのではなくて、白蓮さんの笑顔に見とれて顔がまたしても赤くなってしまい、その顔を直視することが出来なかったから。
 その後、二人で浅瀬に入ってみたり、水を掛け合ったりして過ごした。
 先にかけてきたのはもちろん白蓮さんだけど、そのうち私も夢中になってかけかえしたりして、いつの間にか笑顔になって。
 自分でも彼女と関わるのをためらっていたのが嘘のように、あっという間に心を許せていた。
 そしてその後二人で木陰で休憩していたとき、私は思わず自分のことを相談して

 すると白蓮さんは―――
「そこまで焦って治すこと無いと思いますよ? 私は今のままのアリスさんでも十分だと思いますし」
 ―――なんて、微笑みながら言ってくれた。

「で、でも…そのせいできっと周りの人に嫌な思いもさせちゃいますし、さっきだって白蓮さんにも…」
 白蓮さんは大丈夫だと言ってくれても、他の人がそう思ってくれるかは分からないし、第一自分がこんなままではいたくないのだ。
 なにより、こんな優しくしてくれた白蓮さんに、もうあんな対応はしたくないし。
「私のことなら気にしないでください。それにあのくらいのことで気分を悪くしたりしませんから」
「で、ですけどっ。絶対今のままじゃ駄目だと思うんですっ。私本当に今の私自身が嫌いで、早くどうにかしたい―――」
 だんだんと喋っているうちに自分の不甲斐無さに腹が立ってきて、つい大きな声を出してしまう。
 ホント今の自分が、引っ込み思案でみんなの輪に入っていけない自分が嫌過ぎて、イライラしてしまう。
 
 と、急に自分の身体が引き寄せられて―――
「大丈夫、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
 ―――気づいたら、白蓮さんの腕の中に納まっていた。

「びゃ、白蓮さんっ!?」
 あまりの突然の出来事に、さっきまでの自分への苛立ちが吹き飛んでしまう。
 そのかわりに身体全体の熱が急上昇し、鼓動は高鳴り始める。
「そんなに自分を嫌わないであげて。大丈夫、アリスさんは今のままでも十分素敵ですよ。どうしても自分のことだから悪く見えてしまうだけで、本当にアリスさんは可愛らしい素敵な女の子ですから」
「白蓮さん…」
 その優しい声が、温かい腕が、私のささくれ立ちそうになった心を静めてくれる。
 身体が、心が―――とってもあたたかい。
「でももしちゃんと悪いところも直したいと言うなら、ゆっくりやっていきましょう? 大丈夫、あなたの周りに居る人は、その程度のことで腹を立てるような人たちは居ませんから。私も手伝いますから、のんびりと……ね?」
 ゆっくりと私の頭をなでながら、優しく諭してくれる白蓮さん。
 沈んでしまっていた気持ちも、そのおかげですごく軽くなる。
「はい…ありがとうございます。白蓮さん…」
 いつのまにか心は、ここにやってきたときよりもまあるく、あたたかくなっていた。
 とってもぽかぽかした、やさしいきもちに。
 そして同時に芽生え始めた、胸のドキドキ。
 さっき抱きしめられたときの高鳴りと、似ているようで違う不思議な鼓動。
 白蓮さんを見ると大きくなるなんだか恥ずかしいけど、嫌な感じじゃない正体不明の早まるリズム。
 このときは分からなかったけど、後から思えばこのときが始まりだったのかもしれない。
 私が白蓮さんに恋心を寄せるようになったのは―――

 結局この後から、自分からも少しずつ白蓮さんの家に遊びに行くようになり、そこにいる寅丸さんたちともちゃんと話せるようになって、ちょっとずつだけど引っ込み思案な性格も良くなっていった。
 そして白蓮さんのとも、より仲良くなっていく。

 そう、きっとここだったんだ。
 私の、甘酸っぱい物語が幕を開けたのは―――






<あとがき>
 白アリ週間三日目になります。
 今回の話は、アリスが白蓮さんに恋心を抱くきっかけになった出来事
 というイメージで書いてみました。
 白蓮さんの優しい、包み込んでくれるような感じが書けてると良いな〜
 ちなみに時系列的には二日目のさらに前の話になります。






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