はく息が白くなり虚空へと消えていく。
空を見上げると太陽はすでに大分傾いていて、もうすぐで夕焼けがやってこようと言う時間だ。
周りを見渡すと、空の青とは打って変わって白銀の世界が広がっている。
自分の右側に見えている、以前白蓮さんと遊んだ湖も今ではすっかり氷が張り、白一色に変わっていた。
「そろそろ、白蓮さんが来る頃かな…」
正確な時間は分からないけれど、多分そろそろ約束の時間になると思う。
昨日勇気を出して誘った、約束の時間に―――
「ちゃんと言えるかな…」
今まで伝えるのが怖くてひた隠しにしてきた、この胸に秘めた気持ち。
絶対に受け入れてもらえるはずが無いと、自分では白蓮さんに釣り合うことはないからと伝えることを諦めていた想い。
今になっても…ううん、時間が近づくにつれてどんどん不安になってくる。
昨日自分の家で考えているときもドキドキしたけれど、今に比べれば大分マシだった。
本当に不安でしょうがない。
思わずここから逃げ出して、無かった事にしてしまいたいぐらいに。
だけど―――
「…ちゃんと、言ってみせる。だって、昨日霊夢にあんなに励ましてもらったんだもの」
そう、霊夢のためにもここで諦めるなんてできない。
絶対に無理だと塞ぎこんだ私を元気付けてくれて。
告白する勇気がないと諦めていた私に勇気をくれた。
そんな彼女の優しさに答えるために。
「大丈夫、もう…逃げたり、ためらったりはしないから…」
自分の覚悟を再確認したところで、こちらへ向かってくる足跡が聞こえた。
そちらに顔を向けるとそこには―――白蓮さんが立っていた。
「こんにちはアリスさん、もしかして待たせちゃったかしら?」
「い、いえ大丈夫ですっ。私も今来たところですからっ」
本当は一時間ぐらい前から来ていたんだけど、それは私が早く来ただけだし、白蓮さんに気を使わせたくないから黙っておくことにする。
それに約束した時間はおそらくもう少しあとなので、白蓮さんだって早めに来てくれたのだろうし。
「なら良かったわ。…それにしてもこの場所懐かしいわね」
言いながら白蓮さんは周囲をゆっくりと見渡す。
「アリスさんと初めて二人で出かけた場所なのよね。アリスさんも覚えてくれていたから、この場所を選んでくれたんでしょ?」
「は、はいっ」
白蓮さんのその反応に思わず声が弾む。
白蓮さんも覚えててくれたんだ…。
「不思議ね…。もう半年前のことなのに、まるでついこの前のような気がするわ…」
「そうですね…。私もあの日のことが昨日のことみたいに、はっきり思い出せます」
あの日の出来事は、私にとって本当に大事な思い出で。
あの後からの日々は、寂しかったり切なかったこともあったけれど、それまでの毎日よりとっても楽しくて輝いていた気がする。
きっとあの日の出来事が昨日のことのように感じるのも、それだけこの半年間が充実していたと言う証だろう。
あの日が全ての始まりだったんだ。
私の引っ込み思案な性格が直り始めたのも、私が白蓮さんに心惹かれ始めたのも、全てはあの日の出来事がきっかけになっていた。
そしてその始まりの場所で私は、ここでスタートした一つの想いに決着をつけようと思う。
それが果たして新たな始まりになるか、それとも一つの終わりになるかは分からないけれど。
私は覚悟を決め、ひとつ大きく深呼吸をする。
そして―――
「…白蓮さん、お話したいことがあります」
―――その言葉を口にする。
「なにかしら? アリスさんのお話なら、いくらでも聞いてあげますよ」
足は緊張で震えて、胸のドキドキは早まり続ける。
だけどその白蓮さんの優しい声のおかげで、なんとか口を開いた。
「…この場所で白蓮さんから励ましていただいたときから、この胸の中に一つの想いが芽生えたんです…」
言いながら今までの白蓮さんとの日々を思い出す。
本当に色々なことが、言葉では言い表せないほどのことがあった。
「あの後二人で遊びに出かけたり、掃除した落ち葉で焚き火をしたり、冬の夜に月を見に行ったり……そんな毎日の中で、その想いはどんどん大きくなっていったんです…」
あの日白蓮さんへの気持ちが芽生えてから、灰色だった世界に色が着いたような、ドキドキの連続の毎日だった。
けして楽しかったり、幸せばかりじゃなかったけれど、寂しさや切なさに囚われた日もあったけれど、そうだとしても素敵な日々であったことは変わりない。
だけどこの場所で立ち止まってはいたくない。
霊夢に励まされて自分の気持ちを再確認した今なら、はっきりと言うことが出来る。
私は今のままで終わりたくない。
白蓮さんに片想いのまま、想いを告げることも出来ずに終わるなんて嫌だ。
例え……白蓮さんに断られてしまったとしても、私はこの気持ちを伝えたい。
本当は断られるのが―――断られて今の関係が壊れてしまうのが、怖くないと言ったら嘘になる。
むしろ、すごく怖い…。
そうだとしても、それを恐れて想いを伝えなかったら、きっと後悔すると思う。
だからこそ私は今、勇気を振り絞って前に進もう―――
「……白蓮さん、私は…私は…………びゃ、白蓮さんのことが………………………す…好きですっ…!」
言い終わって白蓮さんの顔を見るのが怖くなり、俯いてしまう。
白蓮さんの驚くような気配が伝わってくるけど、顔を上げることができない。
極度の緊張と白蓮さんの反応への怖さで身体は震え、思わず泣き出してしまいそう。
だけどそれをなんとか耐えて、白蓮さんの答えを待つ。
その時間は実際どのぐらいだったのかは分からなかったけど、私には30分にも1時間にも感じられた。
そしてその沈黙の後、ゆっくりと白蓮さんが私に近づいてくるのが分かった。
私のすぐ目の前まで来たとき、緊張がピークに達して目を硬く閉じてしまう。
すると―――ふわりと、なにかに身体が包まれる。
慌てて目を開けると私を包み込んでいたのは―――白蓮さんの腕だった。
つまり私は、たった今白蓮さんに抱きしめられているということで……
「えっ!? びゃ、白蓮さんっ!? こ、これはその…」
急に白蓮さんに抱きしめられてしまい、これ以上早くなることはないと思っていたドキドキがさらにスピードを増す。
でも同時に、ありえないと思っていた希望がチラッとだけ見えた気がした。
このタイミングで抱きしめてくれると言うことは、もしかしたら…。
まだわからないと否定しつつも、心のどこかではその奇跡を期待し始めていた。
だけど―――
「ありがとうアリスさん、とっても嬉しいわ。…でも、ごめんなさい……」
「……………………………………………………………えっ……?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
もちろん予想していなかったわけではなかった。
むしろその可能性が高いと覚悟もしていたはずだ。
でも―――そんなことは起こって欲しくないと、心の底から……願っていたのに…。
“ごめんなさい”その言葉が、白蓮さんの口から出てきて欲しくないと、あんなに……希っていたのに……。
「………あ、えっと……き、きにしな…いで…くだ、さい……わた…私は………」
必死に笑顔で取り繕うとするけど、上手くいかない。
ここで誤魔化しておかないと、前の関係には戻れないのに。
今笑っておかないと、せっかくの仲が壊れてしまうのに。
……涙が―――止まらない…。
この可能性も頭に入れての告白だった。
そうなっても仕方ないと。
そうなったときは笑って今までの関係に戻ろうと、そう考えていた。
私は分かっていなかったんだ。
受け入れられなかったときの胸の痛みを。
自分がこんなにも、白蓮さんが好きだったことを。
だけど……その想いも、今までの関係も、ここで終わり…。
そう、もう終わりなんだ―――
元には戻れない。
想いを告げてしまったから。
自ら壊してしまったから…。
もう、色鮮やかな世界は、終わりを告げた。
また訪れるのは、色のない―――灰色の世界。
そう、覚悟したとき―――
「アリスさんから言わせてしまうなんて、もうちょっと私が早く足を踏み出して居ればよかったわね…」
「……………………………………………………………ふぇ?」
―――奇跡が、起きた。
あまりの驚きに、流れていた涙もピタリと止まってしまう。
急な展開に頭がついていけないけれど、これだけは分かった。
―――七色の世界は、まだ終わってはいなかった。
「でも本当にありがとう。…だから私からも言わせてください。私もアリスさんが……アリスさんのことが―――大好きですよ」
「びゃく………れん……さん…」
止まっていた涙が、堰を切ったように流れ出す。
けれどそれは、さっきまで流れていたそれとは、まったく真逆の意味を持ったモノ。
…本当に嬉しかった。
“ごめんなさい”と言われたときには、心が張り裂けるかと思った。
これで自分は、白蓮さんと今までみたいに仲良くしてもらうことも出来ないんだと…。
だけど、それは違っていて。
白蓮さんも、私のことを想ってくれていたんだ。
そのことを理解したとき、あまりの嬉しさで涙が止まらなくなり、気づいたら白蓮さんの胸に泣きついていた。
「…ありがとう、ございますっ……。私…私……ホントに嬉しいっ……」
「ううん、私のほうこそ本当にありがとう。私もアリスさんのこと、ずっと想っていたから…すごく嬉しいわ」
その言葉が―――ずっと想っていてくれたという言葉が、胸に染み渡る。
言葉では言い表せないくらい、喜びが後から後からこみ上げてきた。
そのせいで、また涙が溢れ出してきた。
それからしばらくは、涙が止まるまで白蓮さんの腕の中にいた。
私が泣き止むまで、白蓮さんは何も言わず優しく頭をなでてくれて。
その優しさが、心に響いた。
涙が止まった後、夕焼けに照らされた帰り道を、二人並んで歩く。
途中で白蓮さんが、そっと手をつないでくれて、またしても顔を真っ赤にしてしまったけれど、きっと夕日のおかげで白蓮さんにはバレなかったと思う。
もしかしたら、高鳴る鼓動が聞こえてしまったかもしれないけれど。
夕焼けに染まる帰り道。
いつも見慣れているそれも、なんだか今日は輝いて見える。
心が弾んでいるからかもしれないけれど、光り輝く金色に…私の目には映った。
この綺麗な色だって、あと一時間もすれば闇に包まれてしまう。
そのあとは朝日が昇って、また青い空が広がるんだ。
ときには曇りの日や、真っ白な雪に覆われることだってあると思う。
そんな移り行く世界で、ただ一つ変わらないものがある。
それは繋いだ手のひらと。
繋がることの出来たこの心。
―――それはきっと、変わることはない。
根拠なんてないけれど、不思議と確信することが出来た。
だってこんなに幸せだから。
だってこんなに―――一つだから。
そして、その帰り道。
私達は一つの約束を交わす。
季節がいくつも過ぎたとしても。
時間が世界を変えたとしても。
ずっとずっと―――一緒に居よう。
<あとがき>
というわけで、白アリ週間5日目になります。
今回はついに、アリスが白蓮さんに告白したわけですが、どうでしょうか?
上手くアリスの気持ちとかが表現できてれば良いな…
今回で告白も済んだので、次回からはいつもの通りに
甘くしていく予定です^^
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