アリス、素直になる?

 夏もそろそろ終わりだと言うのに、うだるような暑さの日々が続いていた。
 今日も今日とて太陽の勢いは治まることはなく、なぜそこまで頑張るのかと問いたくなるほど、強い日差しで地上を照らし続けている。
 ここ魔法の森でも、その気温上昇から逃れるすべはなく、容赦ない灼熱地獄が私―――霧雨魔理沙を苦しめていた。
 こんな暑い中でも家でじっとしているなんて選択肢は私にはなくて、なにか暑さを和らげるアイディアはないかとアリスの家を訪ねたのが、1時間ちょっと前。
 それから今に到るまで、私の体感温度は一向に下がる気配がない。
 それどころか、来たときよりも確実に上がっていると思う。
 もちろんそれは、私の我慢が限界に達したとか、時間が経つにつれて気温が上がったとかではない。
 その気温の上昇現象は、私に限定したものなのだから。
 それがどういうことなのかは、私にピッタリとくっついてしまっている、体感温度上昇の原因を見てもらえればすぐに分かると思う。
「魔理沙〜」
「な、なんだアリス?」
 いつもとは段違いな甘い声に、私は少し顔を引きつらせながら、体温上昇の原因を作っている少女―――アリスのほうを向く。
 なぜアリスが私の体温上昇に関係しているかと言うと、アリスは今私にしっかりと抱きつき、その頭を私の肩に乗せている状態なのだ。
 この暑いのに人に抱きつかれたら熱いに決まってるし、その相手がアリスともなれば二重の意味で体温が上がって当然だ。
 本当は少し離れて欲しいと思う反面、例え暑くてもこのままでいたいという気持ちもある。
 なんせアリスは普段、抱きついてくれるどころか、私が言った褒め言葉さえも素直に受け取ってくれないのだ。
 そのアリスが、こんな風に素直に接してくれているのだから、多少の暑さなんか気にしていられない。
「ふふっ、だ〜いすき」
「そ、そうか…あ、ありがとう」
 いつもの調子からは想像できないアリスの言葉に、私はどぎまぎしてしまう。
 本当だったらアリスにこんなことを言われたら、迷わずこちらからも抱きしめ返してしまうところだが、今はそうするわけにはいかない。
 なぜならそれは、アリスがこれほど素直になっている理由が関係している。
 その理由とは、永琳が頭痛薬と間違って「飲むと素直になる薬」をアリスに渡してしまったからだ。
 事の発端は今日の午前中、アリスが頭痛がするから永琳の所に薬を貰いに言ったらしいのだが、そのときに永琳が薬を取り違えて渡してしまったらしい。
 私がそれを知ったのは、アリスのうちに遊びに来たあとだった。
 アリスのあまりの変貌ぶりに混乱しているところへ永琳がやってきて、薬を取り違えたこととその薬の説明をしたあと、「害のある薬じゃないし、効果もすぐ切れるから心配しないで良いわよ」と言い残し去っていった。
 せめてアリスの家に来る前に教えてもらえれば、もう少し心の準備とかも出来たのに…。
 というか、医者として薬を間違って渡しておいて、心配ないのひとことだけなんて、それもどうなんだろう?
 まぁ、幻想郷でその辺をとやかく言うやつもいないかもしれない。
 それに永琳の言うとおり、大して危険な効果でも―――
「…魔理沙、好きよ…」
 ―――いや、私にとっては十分に危険な効果だ。
 普段はツンツンしているアリスがこんなに甘えてくれているのに、それに対して平常心でいろなんて、どんな拷問なのか。
 ホントは今すぐにでもアリスの言葉に応えてあげたい。
 だけど今のアリスは、薬の効果でこんなことを言わされているのだ。
 そんな状態のアリスを今抱きしめたりするのは、間違っている気がする。
 だって私は、まだアリスに『アリスのことが好きだ』と伝えていない。
 それなのに私のほうから、あきらかに恋人同士がするようなスキンシップをするのは、何か違うと思う。
 …すでに、アリスにくっつかれてしまっているが、これはまだアリスからだし自分からは抱きしめてないから、セーフ…かな?
「ねぇ魔理沙」
「なんだアリス?」
「実はね、魔理沙に食べて欲しいものがあって…」
 いつもよりさらに可愛い声とともに、アリスは自分のポケットから小さいリボンのついた包みを取り出した。
「クッキーを焼いたの。食べてくれる?」
「おっ、アリスのクッキーは美味しいからな。ありがたく頂くぜ」
 私はその提案に何の迷いもなく頷く。
 なにせアリスはかなり料理が上手くて、特にお菓子はよく食べさせてもらっているが、どれもかなり美味しかった。
 それに手作りクッキーを食べるぐらいならいつもしているし、別に友達同士でもすることだろう。
 そう結論付け私はクッキーの袋に手を伸ばすが―――
「だ〜め、それは違うわよ魔理沙」
 ―――と言われて、腕をかわされてしまった。
「へ? どうしてだよ。食べちゃ駄目なのか?」
 さっきは確かに、私に食べて欲しいと言っていたはずだけど…。
 それともなにか、私がやってしまっただろうか?
「そうじゃなくてね…」
 そう言いながらアリスは袋のリボンを解くと、クッキーを1枚取り出した。
 そして、予想外の言葉を私に告げる。
「私が食べさせてあげるわね」
 …………はい?
 アリスの言葉に、一瞬思考が停止しかける。
 食べさせてあげる、とはつまり…アレのことなのだろうか?
 恋人同士がやったりする、『はい、あ〜ん』というやつなのか?
 だとしたら、そいつはヤバイ。
 ただでさえ、今日のアリスは素直でいつもより可愛いのに、その上そんなことをされてしまったら理性が崩壊しかねない。
「はい魔理沙、あ〜ん」
 案の定、アリスは私の口元にクッキーを差し出してくる。
 この行動はあまりにも危険すぎる。
 しかもその恥ずかしさと期待の入り混じった表情がまた……!
「どうしたの魔理沙? 食べて…くれないの?」
 私が迷っていると、アリスが自分のクッキーを私が食べたくないと思ったのか、寂しそうな表情を浮かべる。
 そ、その表情は反則だろうっ!?
 そんな顔をされたら食べないわけにはいかない。
 いくら薬の影響でこうなっているとはいえ、その悲しそうな表情をしているのはアリス本人なのだから。
 それでも、これは薬のせいだからと割り切れるほど私は冷静でもないし、これ以上こんな表情をさせていることに我慢なんてできない。
「そんなことないさ。アリスのクッキーは私も大好きだしさ」
「ホントっ? じゃあはい、あ〜ん」
「あ、あ〜ん…」
 私は理性を持っていかれないように心を落ち着かせながら、アリスの手からクッキーを食べる。
 その味は相変わらず美味しくて、今までの緊張とかが吹き飛んでしまいそうだった。
「うん、とっても旨いぜ。ありがとな」
 私は素直に感想を伝える。
 するとアリスは嬉しそうに―――
「うん、魔理沙に喜んでもらえて、私も嬉しいわ」
 ―――まるでそこだけ、一瞬にして花が咲いたかと思うような満面の笑みを浮かべた。
 そのあまりにも可愛らしい笑顔に、思わず顔を逸らしてしまう。
 普段のアリスは笑うとしても、うっすらとした微笑と言うことが多くて、満面の笑みを浮かべることなんてほとんどない。
 普段あまり笑わない子が笑ったときの笑顔は、とびっきりの威力があると聞いたことがあるけど、その意味を今はっきりと思い知った。
 確かにこれは、即死級の威力である。
「あのね、魔理沙……その」
 私が必死に身体の熱を冷ましていると、アリスが何か言いたそうに服をくいくいと引っ張ってくる。
 見ると、今までよりも一層顔が赤くなっていて、なんだか緊張しているようにも見える。
 今までここまで赤くなったりはしなかったのに、いったいどうしたんだろうか。
「その、ね。私…魔理沙のこと好きよ? だから…えっとね」
 恥ずかしそうにもじもじしながら、アリスは視線を落としている。
 だけど、少しして覚悟を決めたのか、スッと私に視線を合わせて―――とんでもないことを言ってきた。
「だからね……私と、私とっ…キ、キスしてほしいのっ」
 …………………………はっ?
 今度こそ完全に霧雨魔理沙の思考は停止した。
 キス……とは、つまり愛する人同士が唇と唇を合わせる行為であり、一種の愛情表現、愛を確かめるための行動だ。
 それはいくら私だって知っている。
 だが問題はアリスが言っていることが理解できないことだ。
 私とキスをしてほしい?
 私というのはアリスのことだろう。そしてキスはそう言う行為であるわけで、私とということは、アリスは私にキスをして欲しいといってるのだ。
 ……………………って、マジかっ!?
 ようやく事の重大さを理解する。
 だが理解したからといってどうすることも出来ない。
 というか、理解したからこそ頭が混乱してきているのだが。
 そうしている間にも目の前ではアリスが目をつぶり、少しだけ上を向いて私の反応を待っている。
 正直言って、アリスに…その、キスしたくないと言えば嘘になる。
 なんせ、自分の好きな女の子である。したくないわけがない。
 だけど、このアリスの行動は全部、薬のせいでしていることなんだ。
 それなのに今のアリスにしてしまったら、絶対に私もアリスも後悔することになると思う。
「…魔理……沙?」
 なかなか私が反応を示さなかったせいか、アリスは不安そうに私の名前を呼ぶ。
 今のアリスにキスなんかしちゃいけない。
 そんなことはわかっていても、自然とアリスの唇に目がいってしまう。
 綺麗で、柔らかそうで、しっとりとぬれているアリスの唇。
 その一箇所に視線が集中したとき、引き寄せられるように両手をアリスの肩に乗せる。
 アリスがビクッと一瞬怖がるように震えたが、その姿勢を崩すことはない。
 その顔はより一層赤くなっていて、緊張している様子が見て取れた。
 私はそのまま、アリスの形のいい唇に、自分の唇を重ね―――
 パサっ
 ―――ようとして、クッキーの包みが落ちる音で、我に返る。
 な、なにやろうとしてるんだ私は…!
 その場の感情に任せてアリスにキスしようとして、こんなことしないって決めてたのに…!
 自分の無責任な行動に腹が立つ。
 アリスは薬のためにこうなっていると分かっていたのに、アリスのことを無視して自分のしたいようにしようとしていたなんて。
「魔理沙……その、どうしたの…?」
 アリスの声が聞こえるが、自分はこれ以上前に進むことは出来ない。
 これから薦めるように頑張ろうと思うが、それはけして今ではないはずだ。
 ここで断ることは、アリスを傷つけることになるかもしれない。
 それでも私はっ……!
「アリス……ごめんっ!」
 真正面から断ることは出来ず、アリスの家を飛び出す。
 こんな逃げ方は最低だと分かっていても、今の私にはそうすることしか出来なかった。
 ―――と、
「まったく、案の定こうなってたわけね」
「え、永琳っ!? どうしてこんなところにいるんだよ!?」
 その声のしたほうを見ると、この事件の発端である永琳が立っていた。
「あなたがあの薬のこと誤解してるんじゃないかと思ってね。ちょっと心配になって来てみたのよ」
「ご、誤解って何だよっ? あれは人のこと無理やり素直にさせる薬なんだろっ!?」
 さっきのことがあったせいか、つい声を荒げてしまう。
 そんな私に永琳は呆れたようにため息をついた。
「強引にってね…。確かにあれは人を素直にさせる薬だけど、あくまで素直にさせるだけの薬なのよ?」
「は? どういう意味だよそれ?」
 永琳の言葉に首を傾げる。
 私が言っていることと何が違うんだろうか。
「あなたはアリスが薬のせいで好きって言ってくる、とか思ってるかもしれないけど、あれは惚れ薬とかじゃないのよ? あれはあくまで人を素直にする薬。つまり本当の気持ちを伝えやすくする薬ってわけ」
「え? それって……」
 本当の気持ちを伝えやすくする薬ということは…。
「そう、今日アリスがあなたに何を言ったかはわからないけど、それは全て―――アリスの本心ってことよ」
 その言葉にドキッと胸が高鳴る。
 つまり、アリスが好きといってくれたのも、キスして欲しいといったのも、全部普段からアリスが思っていることだということだ。
「だからね、あなたが思っていたように、薬のせいでこんなことになってるんだから、今は何もしちゃいけないってことはないのよ? 確かに普段とはちょっと違うかもしれないけど、それがアリスが普段から心の奥に秘めていることなんだから。よそよそしくすると、かえって悲しむわよ」
「そうだったのか…」
 じゃあつまり、なにも我慢することはなかったんだ。
 確かに普段よりかなり素直になっているけど、それは例えば、アリスが勇気を出して気持ちを伝えてくれるのと大して変わらないこと。
 もしかしたら、薬が切れた後に拗ねられるかもしれないが、それでもそれはアリスの本心なのだから、許してもらえると思う。
 そうと決まれば―――
「ありがとな永琳っ! 私頑張ってみるぜっ!」
「えぇ、頑張ってきなさい」
 永琳に見送られ、私はアリスの家の中に戻る。
 するとそこには―――
「魔理沙〜……!」
 ―――視線で人を殺せそうな、アリスが立っていた。
「ア、アリス? ど、どうしたんだ?」
 さっきまで甘えっぱなしだったアリスの姿はなく、そこに立っていたのは心底ご立腹のツンツンアリスだった。
 これじゃまるで……。
「魔理沙の……ばかぁーーーーっ!!」
「わぁっ!? ちょ、ちょっと待ってくれよアリスっ!?」
 ついに我慢が限界に達したのか、周りの人形やら椅子やらを投げつけてくるアリス。
 こうなってしまったらとる道は一つ―――
「―――大人しく逃げるぜっ!」
「ちょ、待ちなさい魔理沙っ!!」
 入ってきた道をUターンし、再びアリスの家を飛び出す。
 なにがどうなったのか分からないが、ああなってしまったアリスを止めるすべを私は持っていない。
 すると、逃げる途中で永琳の姿が目に入った。
 よし、永琳ならなにか知ってるかもっ。
 淡い期待をしつつ私は永琳に駆け寄る。
「永琳っ。急にアリスが怒って暴れだしたんだけど、どういうことなんだっ?」
「そうなの? …あ〜、そういえばそろそろ薬の切れる頃かもね。ちなみに都合よく、薬が効いてた頃の記憶が消えてたりなんかしないわよ」
「な、なんだってっ!?」
 それはつまり、素直になる薬が切れたアリスはいつものアリスに戻ってしまって、そのころの記憶を持ったままでいるということは―――
「待ちなさい魔理沙っ! 今日は絶対に逃がさないんだからっ!」
 ―――私が目の敵にされるってことですよねっ!
「わ、悪いアリスっ、この埋め合わせはまた今度するから、今日のところは許してくれっ!」
 そう言って私は箒にまたがると、一気に上昇して全速力で飛び始めた。
 後ろからアリスの声が聞こえるが、あの状態になったアリスには何をされるか分かったものではない。
 というわけで、今日は素直に退散だぜっ。

 そのあとアリスの機嫌を直すのには一週間を要したわけだが、それにより私達の仲も少し進展したと思う。
 なんせ、アリスの本心も聞けたことだし。
 だから今度は、私から気持ちを伝えようと思う。
 もちろん薬なんかに頼らずに、な。







<あとがき>
 最近更新してなかったので、半年ぐらい前にコピー本用に書いた
 マリアリ小説を載せときます。
 今回はめずらしく、アリスの押しが強くなってますが、たまにはこんな
 マリアリもありですかね?
 今は時間ないからですが、半年前のなんでそのうち修正します;;






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