冬の星空

「アリスっ! 星見に行かないかっ!?」
 バタンっと勢いよくドアが開き、魔理沙が息を切らして入ってきた。
「はぁ…ノックぐらいしなさいよ、なんてのは言っても無駄よね。…で、なんでそんな話になったのよ?」
 私はため息をつきながら、魔理沙のほうに顔を向ける。
 普通なら突然ノックもなしに家へ入ってこられた場合、こんな風に冷静に応対なんて出来ないものだけど、魔理沙がうちに訪ねてくるときはいつもこんな感じなので、もう慣れてしまった。
 …といっても、表面上は落ち着いているように見せているだけで、本当は違った理由でそわそわしているんだけど。
「いや、この前さ、なんか最近は星が綺麗に見えるなと思って、パチュリーから借りた本で調べてみたんだよ。そしたら冬は上空の空気が澄んでるから、季節の中で一番星が綺麗に見れるんだって書いてあったんだ。
だからさ、一緒に見に行こうぜ」
「冬に星が綺麗に見えるのは知ってるけど、どうしてそれで私と一緒に見に行くことになるのよ?」
 確かに冬には星空が綺麗に見えるのは前から分かっていたことだけど、だからといってこの寒い時期に星を見るためだけに外へ出ようとは思わない。
 …でも、魔理沙から星を見に行こうって誘ってくれたのは、ちょっと嬉しかったけど…。

「なんでって……そんなの、綺麗な星を好きなやつと一緒に見たいって思うのは当然だろ?」
「なっ!? なに言って……っ」

 突然のストレートな言葉に完全に不意を突かれ、心拍数が急上昇する。
 魔理沙からこんな言葉を言われるのは初めてではないけれど、だからってなれることなんて出来ない。
 というか、なれるなんて無理に決まってるわよ…。
「う〜ん、アリスがいやだって言うなら無理強いはしないが…」
「わ、わかったわよっ。今回は特別なんだからねっ」
 すっかり真っ赤になった顔色を隠すために、そっぽを向きながら答える。
「さんきゅ〜。じゃあさっそく行くとしようぜ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ。今準備するからっ」
 魔理沙に急かされて慌てて準備を終える。
 そして魔理沙の箒の後ろに乗せられて、夜の空へと飛び立った―――
 


「おぉ〜、やっぱりいつもよりも綺麗に見えるぜっ」
 夜空を見上げてその星の輝きに魔理沙は歓声を上げる。
 その声につられて空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。
「ホント…綺麗……」
 その美しさに思わず感嘆のため息を漏らしてしまう。
 冬に見える星空はどの季節よりも綺麗だと言うのは知っていたけれど、知識としてあっただけで実際にじっくりと見たことはなかった。
 冬の星空って、こんなに綺麗だったんだ…。
「な、やっぱり見に来てよかっただろ?」
「うん……ま、まぁ魔理沙の提案にしてはいいほうじゃないかしらっ」
 素直に頷くのが気恥ずかしくて、つい強がりを言ってしまう。
 自分にとってはいつものことなんだけど、たまには魔理沙の言葉にもきちんと応えてあげたいと思う。
 …思っているだけで、今まで応えてあげられたことなんてないんだけど…。
 はぁ…ホントに、なんで私ってこんなに素直じゃないのかしら…。
 あまりの自分の天邪鬼さに、つい心の中でため息をついてしまう。
 もし自分がもっと素直に魔理沙の気持ちに応えられたら、この瞬間だってもっと楽しくなるかもしれないのに。
 少なくとも、魔理沙を嫌な気分にさせずに済むと思う。
 こんなツンツンしたやつと一緒にいたって、絶対楽しくないと思うし…。

「ん? どうしたんだアリス、急に俯いたりなんかして…。もしかして、やっぱり私と星を見に来るの嫌だったのか…?」
「えっ? そ、そんなことないわよっ! 私だって魔理沙と星空が見れて嬉し―――……あっ…」

 慌てて魔理沙の言葉を否定しようとして思わず本音がこぼれてしまい、恥ずかしくて口を押さえる。
 普段言い慣れていないせいで、それだけの言葉で赤面してしまう。
「嬉しいぜ、アリスがそんな風に言ってくれるなんてさ。私もアリスと見れて嬉しいし、やっぱりアリスと見たほうが綺麗に見えるしな」
「そ、そんなわけないでしょっ。私と見たぐらいで綺麗に見えるわけないわっ」
 そこは素直に頷いたほうが可愛いはずなのに、いちいち過剰に反応してしまう自分にうんざりする。
 普通の女の子だったら、私もあなたと一緒に見てると綺麗に見えるわ、とか言うんだろうが私にはそんな可愛い言葉を出すことは出来なかった。
 せっかく魔理沙が気持ちを伝えてくれていると言うのに、これではそのうち愛想を着かされてしまうんじゃないだろうか…。

 きっと魔理沙だって、こんな私にうんざりして―――
「いや、そんなことないさ。私はアリスと居るとき、世界の全てが何倍もキラキラして見えるぜ」
 ―――いなかった。

 こんなに天邪鬼なことを言っているのに、それでも魔理沙は笑顔で語りかけてきてくれる。

「私はアリスと出逢ってアリスを好きになっていくうちに、どんどん世界が輝いていったんだ。いつも見ていたはずの木々や草花、晴れ渡る青空や真っ赤な夕日、家が立ち並ぶ人里に星が瞬く夜空―――その見慣れていたはずの全てが、まるで違うものになったみたいに凄く綺麗に映ったんだよ」

 そう話す魔理沙の横顔はなんだかとても輝いていて、思わず視線を奪われてしまう。
 まるで子供のような、それでいて少しだけ大人のような、それまでを懐かしむ表情がそこには宿っていて、その不思議な魅力に引き込まれ目が逸らせない。

「そして楽しいことも、嬉しいことも、幸せなことだってアリスと居ると一人のときより、他の誰と居るときよりも何倍にだって膨れ上がるんだ。だから今見ている星空だって、他のどんなときよりも綺麗に見えてるぜ」

 今までの表情とは打って変わって、向けられた満面の笑顔に思わず顔を逸らしてしまう。
 魔理沙からの真っ直ぐな気持ちに顔はすっかり真っ赤に染まり、心臓は早鐘を打ち始める。
 もし今が夜じゃなかったら真っ赤になっているのがバレバレだっただけに、ちょっとこの暗闇に感謝した。
 それから少しの間、私は恥ずかしさに押し黙まり、魔理沙も口を閉ざしてしまい二人の間に静寂が流れる。
 なにか話さなきゃと考えをめぐらせるが、どうしても高鳴る鼓動のせいか話題が出てこない。
 そうして私が内心焦っていると、それまで黙っていた魔理沙が口を開いた。

「なぁ…アリスはさ、私と一緒に居るとき……その、こんなふうになにかが綺麗に見えたりとか…するかな?」
「えっ…!?」

 その言葉に驚き魔理沙のほうを見ると、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる魔理沙が居た。
 その表情にはちょっとだけど不安そうな色が見え隠れしていて、普段の自信たっぷりの魔理沙ばかり見ていた私は少し驚いてしまう。

「そのさ、時々ちょっと不安になるんだよ…。私はアリスと居るときとっても楽しいんだけどさ、そうやって楽しんでるのは私だけなんじゃないかって…そう思うときがあったりするんだ…」

 やっぱり魔理沙も私と同じで、不安になったりとかするのね…。
 そんな表情を見ていると、もうちょっとぐらいは素直になってあげたほうがいいんじゃないかと思えてくる。
 きっと魔理沙が不安になっている原因は、私がいつも素直になれず天邪鬼な態度をとっているからだと思う。
 魔理沙から見たら普段の私は、もしかしたら魔理沙のことを嫌っているようにみえてしまうのかもしれない。

 ……本当は、むしろ逆だと言うのに…。
 口には一度も出したことがないけれど、私も魔理沙のことが……。
 …だけど、そんな言葉はまだ伝えられそうにない…。
 それでも、せめて魔理沙の不安だけでも消してあげられるように、少しでも素直にならなきゃ。
 ………………よし!

「…………魔理沙…そのね、私も魔理沙と居るときは……その、楽しいわよ?」
「えっ!? ほ、ホントかアリスっ!?」

 驚いた顔で魔理沙に見られて、思わずいつもの調子で否定したくなってしまうけど、ぐっと我慢する。
 落ち着き始めていた胸の鼓動が、それだけの言葉を言っただけで再び高鳴り始めた。
 普段の私なら、ここで口を閉ざすか正反対の言葉で突っぱねてしまっていたかもしれないが、今日はそんな終わり方はしたくない。

「……魔理沙と居ると退屈しないし…話してても面白いしね。……だから、その…私も、魔理沙と一緒に居るときのほうが………い……一番楽しいわっ…」
「ほ、他の誰と居るときよりもかっ…!?」

 確かめるように身を乗り出して顔を近づけてこられて、思わず顔を逸らしてしまう。
 …一緒に居て魔理沙より楽しい相手が居るかどうかなんて、そんなの決まってる。

「…えぇ、魔理沙と居るときが一番……た、楽しいわよっ…」

 なんとか勇気を振り絞って、最後まで言い切った。
 別に告白とかをしたわけではないのに顔は真っ赤になって、今は夏なんじゃないかと錯覚してしまいそうになるほど身体が熱い。
 ……魔理沙には、私の気持ち……ちょっとでも届いたかしら…?
 魔理沙の様子が気になって、チラッと視線を向けてみる。

 すると―――
「………ア…………アリ………ス」
 ―――なぜか真っ赤な顔をしながらわなわなと震えていた。

 えっ!? わ、私なにか怒らせるようなこと言ったかしらっ!?
 その様子はまるで怒りが頂点に達し、爆発の一歩手前のように見て取れる。
 り、理由は分からないけど、とにかく謝ったほうが…!

「あ、あの魔理沙っ! よ、よくわからないけどごめんなさ―――」
「―――やっぱり大好きだぜアリスーーーーーっ!!!」
「きゃぁぁあああっ!?」

 慌てて謝ろうとした瞬間、急に魔理沙が半ば飛び掛るように抱きついてきて、つい変な声を出してしまう。
「い、痛いっ! 痛いってば魔理沙っ!?」
 あまりに興奮しているのか、力加減無しで思いっきり抱きしめられてさすがの私も悲鳴を上げる。
「あ、あぁ…悪い悪い。つい嬉しくなっちゃってさ」

 私の声に冷静さを取り戻したのか、抱きしめる力を緩めてくれる。
 だけど私の身体に回した腕は放さずに、じっと私の目を見つめてきた。
 その視線には強い意志が感じられて、まるで射抜かれたように目をそらせなくなる。
 そこにいたのはさっきまでの不安を宿した魔理沙じゃなくて、いつもの―――ううん、いつも以上に自信たっぷりで、その上悔しいぐらいカッコいい魔理沙だった。

「でも本当に嬉しいぜ。私と居るときが一番楽しいって言ってくれてさ。……大好きだぜ、アリス」

 その真剣な表情に思わず見惚れてしまう。
 顔は真っ赤になり、ドキドキは最高潮に早くなっているのに、それでも視線が逸らせない。
 ………うぅ、このままじゃ私…のぼせちゃうかも…。

 湯気が出ているんじゃないかと錯覚するほど熱くなる頭で、ぼうっとしながらそんなことを覚悟していると、ふっと魔理沙の表情が緩んだ。
「でもアリスがそんなふうに言ってくれるってことは、もしかして脈アリってことかな?」
「…ば、ばかっ…! そ、そんなわけないでしょっ!」

 魔理沙がいつもどおりに戻ったので、私もようやく普段の調子に戻ることが出来た。
 …あ、あのまま続けられてたら、ホントにのぼせて倒れちゃってたかも…。

 なんだかんだで結局突っぱねてしまった私だけど、そんな私にも魔理沙は二カッと明るい笑顔を向けながら、
「かまわないぜ。そのうち私にベタ惚れさせてやるからなっ」
 なんて堂々と宣言して見せた。

 その笑顔があまりに眩しくて、直視できずに視線を逸らす。

 ……でも、魔理沙には悪いけど、その決意は無駄なことになりそうだ。
 だってそんな努力、もうする必要がないから。

 なぜなら、すでに私は……魔理沙のことが―――大好きなんだから。







<あとがき>
 web拍手にてマリアリ好きさんからコメが来て嬉しかったので、
 思わず書いたマリアリ小説です。
 いつもとはちょっと違った魔理沙を書いてみようと思って、
 書いてみたんですがなんかすぐに元に戻っちゃいましたね。
 イメージとしては、実際は両想いなんだけどアリスのほうが
 まだ自分の気持ちを伝えられてなくて、魔理沙はまだアリスが
 自分のことを好きになってないと思って、振り向かせようと
 奮闘している…といった感じです。
 甘々でイチャイチャしてるマリアリも良いですけど、
 こんなマリアリもいいですよね^^

 まぁマリアリなら何でも好きですけどねw






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