真夏のような六月の雨模様

 空一面を覆った灰色の雲から、沢山の雨粒が降ってくる。
 それは地面や木の葉なんかに当たって弾け、色々な音を立てながら消えていく。
 そんな音を、大きな木の幹に身体を預けながら私―――アリスは聞いていた。
「う〜ん…言葉で表すなら、しとしと…かしら?」
 耳を澄まして雨粒の弾ける音を聞きながら、そんなことを呟く。
 雨が降る音を表現する言葉は沢山あるけれど、今はポタポタというほど数は少なくないし、かといってザーザーというほど激しくも降っていないからしとしとが適当だと思う。
「さて、これからどうしようかしらね…」
 雨に打たれ続ける木の葉を見上げながらこれからのことを考える。
 自分が今していることは見ての通り雨宿りなんだけど、なぜ普段あまり外出しない私がこんなところで雨宿りをしているかというと、魔理沙から家に遊びに来ないかと誘われて行く途中だったからだ。
 一昨日魔理沙が私の家へ遊びに来たとき誘われたんだけど、今にして思えばあと一日ずらしておけばよかったのだが、後の祭りである。
 約束をしたときに今日の天気なんて予想できるわけがないし、そもそも今はこの現状をどうやって打開するかを考えるべきだろう。
 といっても傘なんてないし、偶然知り合いが通りかかったりなんか、こんな森の中じゃするはずないしね…。
 もし魔理沙だったら気にせず突っ切ったりするんだろうけど、私はそんなことしたくないし、だいたい風邪を引いてしまいそうだ。
「それに今は、濡れてはいけない理由もあるしね…」
 呟きながら自分が持っているバスケットの中身に視線を移す。
 その中身は前に魔理沙が家に来たときに作ってあげて、凄く美味しいと褒めてくれたクッキーが入っている。
 これは普段魔理沙が遊びに来たとき用に作っておくものよりも少し手が込んでいて、作るのに少し手間がかかるものだ。
 いつも作っているものより時間がかかるからあまり作ることはないんだけど、今回は魔理沙が珍しく家に呼んでくれたから頑張って作ってみたわけである。
「……魔理沙、喜んでくれるかな…?」
 ポツリと本音がこぼれてしまい、思わず顔が火照るのを感じる。
 誰も居ない今だからこんな独り言もいえるけれど、周りに誰かいたとしたら絶対に恥ずかしくて言えそうにない。
 この前魔理沙がクッキーを褒めてくれたときも、素直に喜べずに『このぐらい誰だって作れるわよっ』とそっぽを向いてしまったくらいだから。
「もし今日魔理沙が喜んでくれたら、少しぐらい素直になれるように頑張ってみよう…」
 このまま素直になれない自分じゃいけないと、自身に言い聞かせる。
 何時までも素直じゃないままだったら、ずっと魔理沙に気持ちを伝えられないままになってしまうから。

 この胸に秘めた魔理沙への気持ち。
 いつからだったかは分からない。
 けれど気づいたら、私は魔理沙のことを―――

 だからこそ、まずは少しずつ素直になることから始めてみようと思う。
 今までまったく素直になれなかった私が、いきなり気持ちを告げることは出来ないだろうけど、それでもいつかは言うことができるように。
 そのためにも今は、魔理沙の家までたどり着かないといけないんだけど…。
「…魔理沙、迎えに来てくれないかな…」
 そんな言葉が口を突いて出るが、望みは薄い気がする。
 仮に魔理沙が迎えに来てくれたとしても、こんな森の中の木の下に居る私を見つけられるとは思えないし…。
 ホントにどうしようかな…。
「お、こんなところにいたのか」
「えっ?」
 突然横から聞こえてきた聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには―――

「うそ…魔理沙っ?」

 ―――傘を片手に笑う魔理沙の姿があった。

「なかなか来ないからもしかしてと思ったんだが、やっぱり途中で雨に降られてたんだな」
「う、うん…。だけど魔理沙、なんで私がここに居るってわかったの…?」
 確かにここは魔理沙と私のうちの直線上にある場所だけど、それでも沢山の木があるしその一つ一つを探していったのではきりがない。
 それなのに、どうして魔理沙はこんなに早く私を見つけてくれたんだろうか…?
「いや、なんとなくアリスがこの辺に居るような気がしてさ。きっと、運命ってやつだろ?」
「う、運命…?」
「あぁ、なんせ私とアリスはこいつで繋がってるからな」
 そう言いながら魔理沙は片手の小指を立てて見せる。
 一瞬なんのことか思い当たらなかったけれど、魔理沙の運命という言葉でハッと気がついた。

 それってつまり……運命の赤い糸のことっ…?

「な、なに馬鹿なこと言ってるのよっ!?」
 言葉の意味に気づき、かぁっと顔が熱くなる。
 照れ隠しにそんな言葉を魔理沙に言うけれど、魔理沙はいつものことだと分かっているのか気にしている様子もない。
「それにさ、見つけられるに決まってるだろ?」
「えっ? なんでそんな風に断言できるのよ?」
 魔理沙がやけにはっきりと言い切るので、首を傾げてしまう。
 今回見つけられたのは、魔理沙は運命だなんて言ってるけれど明らかに偶然だと思う。
 今度同じようなことがあったら、また今回のように見つけることなんて出来ないだろう。
 それなのに魔理沙は、真剣な自信に満ち溢れた表情で言い切った。

「私がアリスのことを見つけられないはずがない。例えアリスが幻想郷の外に迷い込んだって、必ず探し当ててやるさ」

 真剣な瞳に射抜かれて、言葉が出なくなってしまう。
 まったく根拠がない自信のはずなのに、その言葉はなぜか他の誰の言葉よりも説得力があって、不思議と信じることが出来た。
「それに私の箒の後ろは、もうアリスしか乗せないって決めたんだ。アリスがいなくなったりしたら、箒だって寂しがるだろ?」
「な、なによそれ…もう…」
 冗談交じりの魔理沙の言葉に思わず苦笑してしまう。
 でも、その言葉が結構嬉しかったりして、少し頬が熱くなる。
「ん? ところでその手に持ってるバスケットはなんなんだ?」
「えっ!? こ、これは…」
 その指摘に思わず言葉を詰まらせる。
 いつもだったらここで、すぐに素直じゃないことを言ってしまうんだけれどなんとか耐えた。
 少しずつでも素直になろうと決めたんだ。
 だからこそ、このくらいのことで躓いてなんて居られない。
 私は小さく深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。
「こ、この前魔理沙が美味しいって褒めてくれたクッキーがあったでしょ…? それをちょっと…その、作ってきたん……だけど」
 そう言いながらバスケットの蓋を少し開いて、魔理沙に中身を見せる。
「おおっ、ホントかっ。あのクッキーすっごく美味しかったから嬉しいぜっ」
 中身を覗き込んだ魔理沙は、嬉しそうに笑ってくれた。
「う、ううん…これくらいならそんなに大変じゃないし…」
 その笑顔があまりにも眩しくて直視できずに俯いてしまう。
 天気は相変わらず雨だと言うのに、まるでここだけ晴れになったかと錯覚するような明るい笑顔だった。
「ホントにありがとな。じゃあ早く家まで行こうぜ? 傘は私が持つから、アリスは後ろに乗ってくれるか?」
 言いながら箒にまたがる魔理沙。
 だけど私はその申し出に、少し躊躇してしまう。
「い、いいわよ…魔理沙がバスケット持って行ってくれれば、私はあとから自分で飛んでいくから」
「なに言ってるんだよ。そんなことしたらアリスが濡れちゃうだろ? それじゃあ私がここまで迎えに来た意味ないぜ?」
「うっ……そ、そうだけど…」
 的確な指摘に言葉を詰まらせる。
 魔理沙の言うとおりそれでは本末転倒だし、せっかく迎えに来てくれた魔理沙に申し訳がない。
 …けれど、箒の後ろに乗ると言うことは魔理沙の後ろに座ると言うことで、箒はそこまで長いわけではないから、二人が座るためには魔理沙にくっつかないと乗れないと言うことで……。
 そ、そんなの恥ずかしいわよ…。
「なんだよアリス、私の後ろに乗るのがそんなに嫌なのか?」
 私の反応が芳しくなかったからか、魔理沙が少し悲しそうな表情を見せる。
 その表情を見て、自分の戸惑いを拭い去る。
 わざわざ迎えに来てくれた魔理沙にこの程度で迷惑をかけられない。
 …それに恥ずかしいだけで、魔理沙の後ろに乗れるのは嬉しいし…。
「う、ううん、そんなことはないわ。そ、それより早く行きましょう。早くしないとクッキーが湿気っちゃうわ」
 そんな言葉で恥ずかしさを誤魔化しながら、箒に対して横向きにバスケットを膝の上に乗せて座る。
 それにあわせてふわりと箒が宙に浮かんだ。

 …だけど、一向に進む様子がない。

「どうしたの魔理沙? 早く行かないの?」
「いや、もうちょっとくっついてくれよ。そうしないとアリスが濡れちゃうだろ? 確かに少し大きめの傘を選んできたけど、しっかりくっついてくれないと無理だぜ?」
「えっ!? そ、それは…」
 確かに魔理沙の言うとおり、今の私は少し魔理沙と間を空けて座っているからこのままでは濡れてしまうかもしれない。
 けれどくっつくなんて恥ずかしいし…。

「う〜ん…それじゃあさ、傘はアリスに貸すぜ。私は別に傘がなくて濡れても気にしないし、飛ばしていけばそこまで濡れなくても済むだろうしさ」
「そ、そんなのは駄目よっ! わざわざ迎えに来てくれたのに、そこまで迷惑かけられないわっ!」

 魔理沙の申し出を慌てて私は却下する。
 ここまで迎えに来させておいて、自分のわがままで魔理沙のことをずぶ濡れにさせるなんてありえない。

 だけどそんな私の言葉に魔理沙は、
「そんなの気にすることないぜ? 私はアリスが嫌なことはしないって決めてるんだ。それに私が濡れて帰ったくらいでアリスが濡れずに家に来ることができて、その上喜んでくれるなら安いもんだろ?」
 なんて優しい笑みを浮かべた。

 その言葉に胸を貫かれた気がする。
 普段はふざけた感じだと言うのに、こういうときは私のことを一番に考えてくれて、自分を犠牲にしてでも私を助けようとしてくれる。
 そんな魔理沙の優しさを前にして自分の躊躇いなんて、なんて小さなことなのかと思い知った。
「大丈夫、なにも嫌なことなんてないから…。どちらかというとその……う、嬉しいし…」
 意を決して魔理沙の身体にそっと片手を回し、身体を魔理沙の背中に預ける。
 背中から魔理沙の温かな体温が伝わってきて、思わず顔が熱くなった。
「私もアリスを後ろに乗せられて嬉しいぜ。じゃあ出発するとするか」
 その声と共に空へと舞い上がり、いつもよりゆっくりとしたスピードで箒は飛んでいく。

 雨が降っていて少し肌寒いくらいなのに、私の身体は晴れの日の日差しに照らされたように熱を帯びていた。
 トクントクンと少し早いリズムを鼓動が刻む。
 そんな早くも心地よいリズムを聞いているうちに、自然と口をついて言葉がこぼれ出た。

「魔理沙……ありがと」

 自分でも、ここまで素直に言葉が出たことに驚いている。
 普段なら絶対素直になれずに飲み込んでしまう言葉なのに。
 その言葉を聞いた魔理沙も一瞬ビックリしたような顔をしていたが、すぐに嬉しそうな表情になって、
「ああ、どういたしましてだぜ」
 と笑顔で返してくれた。

 背中の温かな体温を感じながら、さきほどの言葉を思い出す。
 そして改めてわかった。

 私やっぱり―――魔理沙のこと、大好きなんだ。

 その気持ちを確かめたとき、早かった鼓動はさらに早くなり、身体の熱はさらに上昇する。
 まるで夏の日差しを受けているような暑さ。
 けれどけして不快感はなくて、むしろ満たされた感覚が胸の中を占めていた。

 そして真夏のような六月の雨の中、私は一つ決心をした。
 何時の日か、この想いを魔理沙に伝えよう。
 きっと素直になれない自分では、普通の人よりもずっと時間がかかるかもしれない。
 でもいつかは素直になって、この秘め続けている気持ちを魔理沙に届けられるように。
 きっと想いの大きさは、他の誰にも負けることなんてないから。
 
「おっ、晴れてきたぜアリスっ。ほらっ、見てみろよあそこっ!」
 いつのまにか雨が止み、空から暖かな日差しが降り注ぐ。

 そして傘をたたみながら、弾んだ声で魔理沙が指差す方向に視線を向けると―――
「わぁっ……綺麗…」
 ―――とても鮮やかな虹が姿を表していた。

「ここまで綺麗な虹なんて久しぶりに見たぜ。今日はいいことあるかもなっ!」
「えぇ、そうね…」
 魔理沙の言葉に静かに頷く。
 確かにこれほど綺麗な虹を見れたのだから、いいことがあるかもしれない。

 というより―――もうあったけどね。

 魔理沙は虹を見れたのが嬉しいのか、鼻歌交じりにゆっくりと空を飛ぶ。
 雨は完全にやんで、雲もしだいに流れていった。
 これでもう、雨も降る心配もなさそうだ。
 だけど、この魔理沙に抱きついた手だけは、家に着くまで離したくはなかった。

 六月の雨模様はすっかり消えてしまったけれど―――

 ―――真夏のような六月は、未だに私の胸を高鳴らせていた。






<あとがき>
 久しぶりのマリアリ小説更新です^^;
 最近小説はほぼ毎日書いていたわけですが、こういう短いものは書くのが
 久しぶりなのでリハビリの意味も含めて、いつもどおりのマリアリを
 目指して書いてみました。
 いつもどおり甘く出来ていれば幸いです^^
 アリスが可愛く、魔理沙はカッコよく書けてるといいな〜。






inserted by FC2 system