倦怠期?
 おでこに
 手の甲に
 ほっぺたに
 そして、唇に

 あなたがくれた たくさんの愛の形

 だけど、私はしたこと あったかな?



 ジリジリと地上を照らす太陽が降り注いでいる午後。
 ここ魔法の森ではその日差しを直接感じることはないけど、さすがにこの時期はその暑さから逃れることは出来ない。
 逆に湿度が高いせいで、蒸し暑くなり辛いくらいだ。
 そんな地獄の中、私―――アリス・マーガトロイドは魔理沙の家に来ていた。
 大抵は魔理沙が私の家に来ていることがほとんどなのに、なぜ私が魔理沙の家に来ているかと言うと―――
「ア〜リスっ、愛してるぜっ」
「きゃっ、急に抱きつかないでよっ」
 いきなり後ろから魔理沙に抱きつかれ、手に持っていた本を床に落としてしまう。
 そしてその本が積み重ねていた本の山を崩し、その連鎖がどんどん続いて……。
 …最初からやり直しだ。
「はぁ…せっかく片付けたのに。魔理沙のせいだからね」
 見事にもとの状態に戻ってしまった本たちを眺め、大きくため息をつく。
 私が魔理沙の家に来ている理由は、もはや寝るだけの場所と化しているこの家を片付けて、
まともに暮らせる家にするためである。
「あ〜、悪い悪い。つい我慢できなくてさ」
 あまり悪びれもせずに、魔理沙が頭をかきながら謝る。
 さっきから片付けているのは私ばかりで、肝心のこの家の持ち主は、ずっとこの調子である。
 ったく、こんなんじゃ片付くはずないじゃない…。
「でもアリスが悪いんだぜ? アリスが可愛すぎるから、抱きつかずには居られないんだ」
「あ〜はいはい。そんな口説き文句聞き飽きたから、早く片付けるの手伝ってね」
 私は魔理沙の言葉を聞き流す振りをして、作業に戻る。
 本当はそんなふうに言ってくれるのはうれしいし、実際ドキドキしているんだけど、私まで魔理沙のペースに飲まれてしまったら、
絶対に今日中には片付けられない。
 でも魔理沙と付き合い始めた頃は、こんなこと言われたら作業どころじゃなかったのに、随分慣れたと思う。
「……なんかさ、最近のアリスって冷たくないか?」
 私の反応が不満だったのか、魔理沙がジト目でこっちを見てくる。
「はぁ、何言ってんのよ。魔理沙が私に、今みたいな冷たくさせるような行動させてるからでしょ?」
 確かに魔理沙の言葉をきちんと聞いてあげたい気持ちもある。
 だけど、この家は私が片付けてあげないと、魔理沙一人じゃ整理しきれないと思う。
 だからここは、心を鬼にしなくちゃ。
「そんなことは―――」
「―――そんなことあるのっ。ほら! わかったら片付けるの手伝ってよ!」
 魔理沙の文句を遮り、近くにあった箒を渡す。
 片付けの出来ない魔理沙でも、掃き掃除ぐらいはできるでしょう。
 …たぶん。
「う〜、なんか納得いかねぇ…。―――はっ!? まさかこれがっ!?」
「…どうしたのよ、急に大声出したりして?」
 不服そうに唸っていた魔理沙が、何か思い立ったように声を上げる。
 何事かと思いそちらを向くと、突拍子もないことを言い出した。
「これが忌まわしき伝説として恋人達の間で語られる―――倦怠期というやつなのかッ!!?」
「まったく、何バカなこといってるのよ? そんな暇があるんだったら本の整理でも―――」
「それだ! その冷めた反応がなによりの証だぜ!? あぁ…ついに恐れていた事態が起こってしまった…!
 私達なら絶対に大丈夫だと思ったのにっ!」
 私は心の中で大きくため息をつく。
 今はそんなこと言ってる場合じゃないから、そんな対応になっているだけで、普段はちゃんと恋人同士してるのに。
「そんなはずないでしょ? だいたいちょっと話し聞き流しただけで、どうしてそうなるのよ?」
「だってアリス、さっき私のこと飽きたっていってたじゃんかーっ!? それが倦怠期ってやつなんだろーっ!?」
 私が否定しても、魔理沙の思い込みは止まらないどころか、さらに加速を続けてしまう。
 そしてついには手に持っていた箒を投げ出すと、半泣きになりながら抱きついてきた。
「アリス〜っ! 早く目を覚ましてくれよ〜っ!」
「いや、別に何かに操られてるわけじゃ…。というか魔理沙、倦怠期のことなにか誤解してない?」
 魔理沙はなにか、いろいろと間違った思い込みをしている気がする。
 とにかく、魔理沙をなんとかしないと掃除どころではない。
 私はとにかく魔理沙を落ち着かせようと、考えをめぐらせる。
 だけどそんな考えも―――
「私はアリスのこと世界一愛してるッ! この気持ちは誰にも負けないし、これからもずっと変わらないッ!
 だから私のこと嫌いになんかならないでくれ〜っ!」
 ―――魔理沙の言葉で吹き飛んでしまった。
 そのストレートな言葉にドキッとする。
 確かに今は掃除を優先しなきゃないと思っていたけど…。
 とてもじゃないけど、ここまでのことを言われて平常心でいられるほど、私はできた性格じゃない。
 そもそも、好きな相手にここまで言われてときめかないやつなんか居ないと思う。
 それにこの言葉に答えることは、この場所を綺麗にすることよりも、何倍も重要なことでしょうしね…。
「大丈夫よ魔理沙。私があなたのこと嫌いになるわけないでしょ? だから安心して?」
 抱きしめたまま魔理沙の頭を優しくなでながら、語りかける。
 少し落ち着いたのか、私に抱きつくのをやめた魔理沙だが、少し不安そうに私を見上げながら口を開いた。
「だけどアリス、私からキスしたことは沢山あっても、アリスのほうからキスされたこと、一度もないんだぜ?
 私のこと好きで居てくれるなら、どうして一度もしてくれないんだ…?」
 魔理沙の少し寂しそうな問いかけに、はっとする。
 思い返せば、魔理沙のほうからキスしてくれたことは、それこそ数え切れないほどあった。
 だけど、私からしたことは――― 一度だってない。
 最初の頃は恥ずかしくて、とてもじゃないけどしようなんて考えられなかった。
 だけどさっきみたいに、付き合い始めの頃なら即赤面の台詞を受け流せるようになってからも、
自分からキスしようとはしなかった。
 それは多分魔理沙の積極さに、その愛の大きさに頼り切っていたからだ。
 自分からもしたいと思ったことは何度もあった。
 だけど最後の一歩が踏み出せず、魔理沙の優しさに甘えていたんだと思う。
 あとちょっと勇気を出せば、きっと出来たはずなのに…。
 ―――このままじゃ、絶対いけないと思う。
「ごめんね魔理沙…。魔理沙がいつも笑顔で居てくれるから、私気づけなかった…。知らない間に私、
あなたのこと不安にさせてたのね…」
 私達が付き合い始めて結構経つけど、魔理沙はそんな不安をずっと我慢してくれていたのかもしれない。
 私はそのことに気づくことは出来なかったけど、今はそれを悔やむときじゃない。
 それより今すべきなのは、魔理沙の不安を取り除いてあげること。
 それには―――
「自分からしたいって気持ちもあったの。だけど、最後の一歩が踏み出せなくて…。ちょっとの勇気があれば、
簡単なことだったのかもしれないのにね……」
 話をじっと聞いてくれている魔理沙の肩に、ゆっくりと両手を乗せる。
 もう、躊躇することなんてない。
 私は一呼吸置き、震える両手と飛び出そうなほど高鳴る心臓を抑えながら、覚悟を決めて―――
「私も魔理沙のこと、世界一愛してるわ…。この気持ちは誰にも負けないし、永遠に変わりもしない。だから―――」
 ―――魔理沙の唇に、自分のそれを重ねた。
「―――これからもずっと、一緒に居てくれる…?」
 ゆっくりと、大切に自分の気持ちを告げる。
 魔理沙が私のことを世界一愛してくれると言うなら、私だってそれに負けないぐらい、魔理沙のことを愛してみせる。
 他の誰にだって、この気持ちは負ける気がしない。
 だってこの胸には収まりきらないくらい、魔理沙を想う気持ちは大きいんだから。
「アリス……。ああっ、もちろんだぜ!」
 不安そうだった魔理沙の顔が、いつもの大好きな笑顔に戻る。
 やっぱり魔理沙には、笑ってる顔が一番似合う。
 そしてそんな笑顔を見ていると、私も一緒に元気になれるんだ。
「さて、じゃあ魔理沙も元気になったところだし、あらためて掃除はじめるわよ」
「え〜っ。ここはしばらくの間、恋人同士の愛の語らいをするんじゃないのかよ〜?」
 気持ちを切り替え部屋の整理を再開しようとする私に、魔理沙は抗議の声を上げる。
 魔理沙には悪いけど、彼女が元気になった今、掃除を戸惑う理由もないし、
私としては今日中に終わらせてしまいたい。
「悪いわね魔理沙。残念ながら私には、愛を語らうだけで部屋が片付く程度の能力、なんてものは備わってないのよ」
「それなら大丈夫だぜっ! 私の魔法は恋色魔法! きっと愛を語らっていればパワーが増幅して、
部屋の整理なんて一瞬で―――」
「―――はいはい、冗談を言っている暇があるなら手を動かしなさいよ」
「うぅ…やっぱりアリスが冷たいぜーーーっ!!」
 魔理沙の叫びが木霊す中、箒片手に掃除を再開する。
 この調子だと、掃除の戦力として魔理沙は当てになりそうもないな、と思いながら。

 結局掃除は夜までかけても終わることはなかった。
 というより、途中からいじけてしまった魔理沙をなだめるのに時間を要したので、終わるわけがないのだけど。
 当初の目的は達成できなかったけど、こんな日もありかな〜なんて思う。
 前よりも、魔理沙との仲も深められたしね―――



 おでこに
 手の甲に
 ほっぺたに
 そして、唇に

 あなたがくれた たくさんの愛の形

 これからは、私からも届けるよ

 今でも少し、不安だけど

 もう二度と、戸惑ったりしないよ

 だってあなたが、喜んでくれるから

 だってこんなに、だいすきだから―――




<あとがき>
 イメージとしては、付き合い始めて結構な時が経ったマリアリです。
 たまにはツンツンしてないアリスが書きたくなって書きました(^^)
 う〜ん、最初は甘い感じにしようとしたんですが、なぜかところどころギャグっぽく
 なってしまった…。
 でも、アリスがこんなふうに魔理沙の言葉を受け流せるようになるなんて、
 いったいどのぐらいの期間がかかるんだろうか?
 ずっと無理な気がしないでもないですw
 それにしても、愛を語らうだけで部屋が片付く程度の能力…
 愛を語らうと、そのあまりの甘ったるさに部屋の物たちがたじたじになって、
 部屋の隅とかに逃げていって、勝手に片付くって感じでしょうか?w






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