窓から差し込む日光の中で、私は活字を追いかけていた。
今日は天気も良くて、こうして窓際で読書を楽しむには丁度いい気温である。
読み始めて三十分ほど経ち、私が完全に本の世界に入ろうとしていると、玄関のドアが開く音がした。
「よう、邪魔するぜ」
本をテーブルに置きドアのほうに視線を向けると、いつものように私の了解も得ずに、家の中に入ってくる魔理沙の姿があった。
最初のうちは注意していたけれど、最近はもうあきらめている。
……それに、どうせ断ったりする気もないし。
「今日はどうしたのよ? またくだらない理由なら帰ってね。私は暇じゃないから」
本当は来てくれたのが嬉しいけれど、そんな気持ちが悟られたくなくてそんなことを言ってしまう。
魔理沙はそんな私の様子を気にもせず、隣までやってきた。
私がこんな態度なのはいつものことだから、魔理沙も慣れてしまったのだろう。
「まぁそんなにツンツンするなって。今日来たのは、アリスに見せたいものがあったからなんだぜ?」
「…見せたいもの?」
私に見せたいものとは何だろう?
家に入ってきたときには、いつも魔理沙が乗っている箒以外は持って居なかったように見えたけど、大して大きくないものなのだろうか?
「それはさ、これさ」
そう言って魔理沙は右手を私の目の前に突き出す。
そこに持たれていたのは―――
「たんぽぽ?」
「あぁ、今日偶然見つけてさ。この時期に珍しいだろ?」
魔理沙が見せてくれたのは、本来なら春に咲くはずの花―――たんぽぽだった。
もう秋から冬になりそうという季節に、どうしてたんぽぽなんかが…。
「たぶん先月は天気がいい日が多かったからな。そのせいで春になったとかんちがいしたんだぜ。きっと」
なるほど、魔理沙の言うとおり先月はいつもより晴れの日が多かった気がする。
そのせいで季節を勘違いしてしまったのかもしれない。
狂い咲きというやつだろう。
「へぇ…この時期にたんぽぽが…」
春なら沢山見ることが出来るたんぽぽも、今のような季節に見ると珍しくてつい見入ってしまう。
「春だったら飽きるほど見れる花だけど、今見るとなんだか物珍しくて、ちょっと綺麗に見えるだろ?」
たんぽぽに視線を奪われる私の反応に満足したのか、魔理沙は嬉しそうな笑顔を見せる。
「で、でもなんで私に見せたくなんてなったのよ? あんたのことだから、友達なんてほかにいくらでも居るでしょっ?」
その数ある知り合いの中で自分を選んでくれたのは嬉しいんだけど、やっぱりなぜ見せたくなったのか理由が気になる。
まぁ魔理沙のことだからなんとなくとか、てきとうな理由の気もしないでもないけど。
「これを見たとき、真っ先にアリスのことが思い浮かんだからさ。たんぽぽって黄色くて可愛くてさ、アリスみたいだろ?」
「なっ!?」
予想外に恥ずかしいことを言う魔理沙に、顔の温度は急上昇する。
しかも魔理沙はまるっきり照れた様子もなく、いつもの笑顔で言ってくるから余計たちが悪い。
「この花を見てたらさ、珍しくてアリスに見せたくなったってのもあるけど、むしろアリスに会いたくなったんだ。アリスの顔を思い出してさ」
言いながら右手にあるたんぽぽに視線を落とす魔理沙。
その表情が、なんだか愛しいものを見ているような優しさにあふれていて、勘違いだと思いつつも鼓動は高鳴る。
「春にこの花を見てもすぐにアリスを思いはしなかった。だけど今の季節に見ると、なんだかいつもより綺麗に見えてさ。アリスの顔が思い浮かんだんだ」
普段ならここで恥ずかしさに耐え切れず、言葉を遮っていたかもしれない。
だけど、今はそれが出来なかった。
魔理沙の声がいつもとは違い真剣だったからか、あまりにも魔理沙の台詞が恥ずかしかったからかは分からないけれど。
「きっとそれまでは、アリスの綺麗さに及ばなかったから連想できなかったんだろうけど、今の季節に見つけたことで、その綺麗さや可愛さが際立った。そのおかげでアリスに直結したんだろうな」
そこまで言うと、すっと顔を上げてこちらを見つめてくる。
思わず目が合ってしまい、さらに心臓は早いリズムを刻むけれど、視線は逸らさなかった。
いや、逸らせなかった。
だってそのときの魔理沙の表情が、あまりにも真剣で―――綺麗だったから。
「まぁそれでも、アリスの可愛さには到底及ばないけどな」
今までの真剣な表情を崩して、いつもの明るい笑顔を見せる魔理沙。
魔理沙が普段の調子に戻ったことでやっと緊張が解け、口を開く。
「なっ……なに言ってるのよっ。 だ、だいたいよくそんな恥ずかしいこといえるわねっ?」
もはや顔は、鏡を見るまでもなく赤いと分かるほど熱を帯びていて、鼓動はこれ以上ないってくらい早い。
私は言われただけでこんなにドキドキしているのに、魔理沙はどうしてそんな台詞を恥ずかしげもなく言えてしまうのか。
こんなことを言われるのは初めてではないけれど、未だにその辺が信じられない。
……でも、思ったことを自然と口に出来るって言うのは、ちょっとうらやましいけど…。
「なんで言えるかって、そもそも恥ずかしがる理由が無いんじゃないか?」
「り、理由ってっ…! そんな恥ずかしい台詞、言ってて恥ずかしくないわけないじゃないっ!」
私だったらたぶん、最初の一言すらもまともに言えないと思う。
というか、普通はあんな言葉、スラスラと出てこないわよっ…。
「う〜ん、理由か…」
私の言葉に首を傾げていた魔理沙が、なにか思い当たるところがあったのかこちらに顔を向ける。
「そうだな、しいて理由をあげるなら―――」
そこまで言ったところで、魔理沙はずいっと顔を近づけてくる。
ただでさえ近かったのに、今では目と鼻の先程度までその距離が縮まっていて、再び言葉に詰まってしまう。
そして魔理沙はニヤリと笑いながら、
「―――アリスが好きだからさ。好きな相手を可愛いって言うのに恥ずかしがる必要なんてないだろ?」
なんてまたしてもとんでもなく恥ずかしいことを言ってくれた。
「なっなななっ…!」
すでに最高潮に達していたと思っていた体温はさらに上昇し、心臓は張り裂けそうなほどだ。
特に顔の熱は湯気でも出ているんじゃないかってくらい。
「そ、そそっ…そんなの理由になってないじゃないっ! わたしのことからかう気しかないんだったら帰ってっ!」
あまりの恥ずかしさにそんなことを口走ってしまう。
本当は帰って欲しくなんてないけど、これ以上こんなことを言われ続けたら私の精神がもちそうにない。
「いや、からかってるつもりはないんだが…。ま、もうちょっとしたら帰るから待ってくれよ」
そう言って、魔理沙はもう一度タンポポをもった手を私の前に差し出してくる。
果たして何をするつもりだろうか?
「さて、このたんぽぽだけど、このままじゃあっと言う間に枯れちゃうよな」
「そ、そりゃそうでしょっ。摘んできちゃった花なんだから」
茎のところから摘んできたのだから、花瓶に入れておいてもそんなに長くはもたないだろう。
そんな私の答えに魔理沙は頷くと、たんぽぽを両手で持ち直した。
「だがここで、魔理沙さんがちょろっと魔法をかけると―――」
そう言う魔理沙の両手がピカッと光を放つ。
その光に思わず目をつぶってしまい、目を開けると…
「―――この通り、素敵な髪飾りになりましたとさ」
そこにはさっきのたんぽぽをそのままアクセサリーにしたような、髪飾りが乗っていた。
「みんなが私はものを壊す魔法しか使えないって言うけど、ちゃんとこんなことも出来るんだぜ?」
得意げに笑いながら髪飾りを見せてくる魔理沙。
確かに言うだけあって、シンプルなデザインだけど可愛い感じに仕上がっていた。
「これはアリスにやるぜ。もともとアリスに上げるために取ってきたやつだしな」
言いながら、魔理沙は私の手の上にその髪飾りを置く。
「これ……ホントにいいの? 私が貰っても」
思わずそう聞き返してしまう。
これは魔理沙の作った髪飾りだし、その元のたんぽぽも魔理沙が取ってきたものだ。
だけどその私の言葉に、魔理沙は二カッと笑いながら、
「あぁ、当然だろ? その髪飾りはアリスにしか似合わないぜ。きっと」
なんて言ってくれた。
「ま、魔理沙…」
またしても赤面する台詞だったけれど、今はそれより嬉しい気持ちのほうが勝って、なにも言うことが出来なかった。
魔法で作ったとはいえ、魔理沙が私のために作ってくれた髪飾りだ。
そんなものを貰って嬉しくないわけがない。
「じゃあな。せっかくだから、たまには私にもそれつけたところ見せてくれよっ」
そういい残すと、来た時のようにあっというまに飛んでいってしまった。
魔理沙が帰ったのを確認すると、手の中にある髪飾りに視線を移す。
一人になった途端、今日魔理沙に言われた言葉が次々と浮かんできて、再び顔を赤くしてしまう。
そして最後に言い残された言葉も、なかなかに問題だった。
……それをつけたところ見せてくれ……か。
「……魔理沙の…ばかっ」
ドキドキする胸を押さえながら、そんな言葉を呟く。
そんなこと言われたら、しばらくこれしかつけられないじゃない―――
<あとがき>
多分、恋人になる前(直前?)のマリアリです。
魔理沙は完全にアリスのことが好きで猛烈アタック中。
アリスも魔理沙のことが好きだけど、その気持ちを表に出せずにいる
…みたいなイメージです^^
今回のネタは、私の地元でたんぽぽが10月の日照時間の関係で
狂い咲きしたというのを聞いた瞬間に、即座に思いついてしまったネタです。
あまりにも瞬間的に思いついたんで、せっかくだからと形にしてみましたw
う〜ん、そんな何気ないニュースでもマリアリに直結してしまった
私の脳内って…^^;
今回の魔理沙はいつにも増してすごいですが、こんな魔理沙も
たまにはいいかな〜と思います。
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