ねむってめーりん!

「うぅ…ついにこの日が来てしまったのね…」
 そんな呟きをこぼしながら、自室で頭を抱える。
 今日は朝からイマイチ仕事が手につかず、屋敷の掃除を終えるのに普段の倍の時間がかかってしまった。
 といっても、その分時間を止めて仕事をしたので実際の時間はいつもとかわらないけど。
「こ、このくらいのことで動揺するなんて私らしくないわ…。と、とにかく落ち着かなくちゃ…」
 そう自分に言い聞かせて深呼吸を繰り返すけど、鼓動の速さは収まりそうもなかった。
 というか、考えるのをやめたせいで自然と美鈴の顔が浮かんできて、余計にドキドキして……
「あーっもう! な、なんで美鈴なんかにここまで心をかき乱されてるのよっ!」
 あまりに動揺しっぱなしの自分に腹が立ち、思わず大声を出す。
 私がこんなに心を乱している原因は、最近珍しく真面目に仕事をこなしている紅魔館の門番―――美鈴にあった。
 事の発端は10日前に私が勢いで“10日くらい居眠りもせず侵入者も撃退できたら、キスしてあげてもいい”という約束をしてしまったことである。
 どうせ居眠り美鈴のことだから1週間も持たないだろうと思っていたのだけど、不味いことにそれから9日間居眠りもせず侵入者も許していないのだ。
 そして今日が約束の10日目なわけで…。
 つまり、今日を守り抜かれてしまうと私は美鈴に、その……キ、キ…キスをしなくちゃ、いけないわけで…。
「そ、そんなの絶対に無理よっ! わ、わわっ私から美鈴に、キっキスだなんてっ!」
 そのことを考えただけで顔が熱くなる。
 最初は適当に誤魔化してうやむやにしてしまおうとも思ったのだが、美鈴はちゃんと約束を守って真面目に仕事をしているのに、その約束を踏み倒してしまうのも紅魔館のメイド長としてするべきではないと思い、やめておくことにした。
 …だけど、仮に美鈴が約束を守って今日も守りきってしまった場合、私も約束を守らなきゃいけなくなるわけなのだけど……そんなの無理に決まっている。
 後から思い返してみればそんな約束する必要なんてなかったのだが、そのときは美鈴の普段からは想像もつかない強気な態度に押されて、冷静に考えていることなんて出来なかった。
 …まぁ、普段はボケッとしてるんだけど、ああいう時だけはいつもあんなふうに勢いがついて主導権を握られてしまうことは、不本意だが間々あることだけど。
 い、いつもは私が優勢なのに…。
「と、とにかくなんとかしないと、あっという間に今日も終わってしまうわ…!」
 何かしなければと言う気持ちに駆られて、私は立ち上がる。
 このまま行けば美鈴は、間違いなく守り抜いてしまうだろう。
 かといって私があの約束を実行に移すのは、絶対に無理だ。
 となると方法は1つしかないだろう。
「……よし! そうと決まれば行く場所はあそこしかないわねっ」
 自分の中で結論を導き出すと、自分の部屋を飛び出してある場所へと向かった。
 もし自分が約束を守りたくても守れないならば、美鈴に破らせるしかない…!



「は? 紅魔館に侵入してくれって、本気か咲夜?」
「えぇ、しかも今日は私も一切手は出さないわ。どうかしら、あなたにとっては絶好のチャンスだと思うわよ?」
 私は普段ではありえないような提案を目の前に居る相手―――霧雨魔理沙に持ちかける。
 魔理沙は普段から紅魔館に侵入しては、主にパチュリー様のいる図書館から本を盗んでいくのだ。
 なので美鈴が相手をする侵入者と言うのは大抵魔理沙なわけだが、ここ数日はあまり姿を見せていなかったので、こうして侵入するように促しにきたのである。
「う〜ん、でもなぁ…ここ最近美鈴の奴、妙にやる気でさ…いつもの隙がなくて凄くやりにくいんだよ」
 魔理沙が言うように、今の美鈴はいつもの彼女と違ってやる気に満ち溢れていて、大分侵入しづらくなっていることは事実だ。
 だからこそ魔理沙も、ここ最近は手を出してこなかったんだろうし。
 でもここで引き下がってしまったら、無事に今日の門番の仕事も終えてしまうだろう。
 もしそうなったら……。
「そ、そんなことないわよっ。いくら本気を出したって言っても相手はあの美鈴なんだから、普段の美鈴と私が警護しているときより本気の美鈴だけが警護してる時のほうが、楽に決まってるわよっ」
 仮に魔理沙が今日侵入してこなかったら、私はあの約束を実行に移さなければならない。
 それだけはなんとしても避けないとっ…!
「…というか、どういう風の吹き回しなんだ? いきなりそんなこと言い出して、変だぜ咲夜」
「うっ……そ、それは…」
 訝しげな視線を向けられ、言葉に詰まってしまう。
 確かに今まで魔理沙の侵入を何度も邪魔してきた私が、いきなりこんなことを言えば不審に思われて当然だろう。
 こ、ここはなんとか、もっともらしい理由を考えないと…!
「えっと…そ、そうっ! 最近怠けてたから、美鈴に訓練させてるのよっ。だから魔理沙にはその訓練の一環として侵入して欲しいわけっ」
「あ〜、なるほどな。だから最近美鈴の奴真面目にやってたってわけか」
「そうなのよ。もちろん図書館の本とかを盗ませるわけにはいかないけど、お礼になにか作ってご馳走するわ。だから協力してくれないかしら?」
 魔理沙がこちらの言葉を信じ始めたところで、さらなる提案を持ちかける。
 前に魔理沙が紅魔館のパーティに来た時に、私の料理を食べさせたときは凄く好評だったからこの条件でも大丈夫なはず…!
「そうだな。咲夜の作る料理は美味いし、そういうことなら引き受けても―――」
 トントン。
 もう少しで了承が得られそうなときに、玄関のドアがノックされる。
 も、もうちょっとだったのに、こんなタイミングで誰なのかしらっ…!
「うちに1日で二人も客が来るなんて珍しいな。誰だか知らないけど入って良いぜ〜」
「おじゃましまーす。」
 訪ねてきたのはこの森に住んでいる魔法使いで魔理沙とも仲のいい―――というか、おそらく付き合っているであろう相手、アリスだった。
 アリスは予想通り私がこの家に居ることに驚いたような顔をしている。
 まぁ私が魔理沙の家を訪ねてくるなんてまずないし、当然の反応だろう。
「どうしたの咲夜? あなたが魔理沙の家に来てるなんて珍しいじゃない」
「ま、魔理沙に手伝いを頼みに来たのよ。ちょっと魔理沙じゃないと困ることがあってね…」
 ここに居る理由を尋ねられ、曖昧な言葉でお茶を濁す。
 別に魔理沙に言ったとおりのことを話してもいいけど、即興で思いついた言い訳だからわざわざ他の人に話して墓穴を掘るかもしれない危険を冒すこともないだろう。

 もっとも―――
「美鈴の訓練の手伝いをして欲しいんだってさ。最近美鈴のやつ怠けてるらしいから、鍛えなおすんだそうだぜ」
 ―――アリス相手に、魔理沙が黙っているわけないけれど。

 まぁこの程度がバレたからって、私が嘘をついてると分かるほどアリスも鋭くないだろう。
「だめよ魔理沙、今日は美鈴の邪魔しないでおきなさい。じゃないと馬に蹴られて死んじゃうわよ?」
 って………あれ?
「ちょ、ちょっと待ちなさいよアリスっ。これは美鈴の訓練だから邪魔をする相手がいなくちゃ駄目なのよっ!」
 アリスの予想外な言葉に慌てて反論する。
 だけどそれを意味ありげな笑みでアリスは受け流す。
「残念ながら、私はもう聞いちゃってるのよ咲夜。美鈴本人から、今日きちんと居眠りもせずに守りきったら咲夜からご褒美がもらえるってね」
「うっ…そ、それは」
 図星を突かれて言葉に詰まってしまう。
 まさかアリスが美鈴から事の次第を聞いていたなんて…。
 め、美鈴のやつお喋りなんだからっ!
「う〜ん、なんのことかよくわからないが、アリスが言うなら手伝うのはやめておくぜ。悪いな咲夜」
「……はぁ、魔理沙も駄目となると、いったいどうしようかしら…?」
 一番いい案だと思っていたものがつぶれて、肩をがっくり落としてしまう。
 他に考えなんて浮かんで無いのに…。

「そんなの、素直に美鈴のこと受け止めてあげればいいのよ。美鈴、あなたからもうちょっとでご褒美がもらえるって、すごく楽しみにしてたんだから」

 そう言ってアリスはいたずらっぽく笑って、私に向かってウインクをする。
 …確かにそうなのかもしれない。
 最初に約束を持ちかけたのは私なんだし、美鈴はその約束をしっかり果たしているのだ。
 それに別に美鈴にキスするの…い、いやじゃないし…。
 でも、だからと言って実際に行動に移せるかと言うと、絶対に無理だ。
「ま、前向きに考えてみるわ…」
 わかったと頷くことは出来ずに魔理沙の家を後にする。
 愛用の懐中時計を見ると時間は正午過ぎを指していた。
 お嬢様達はまだ寝ているけれど、美鈴のお昼を作りに戻らなければならない。
 はぁ…まともに顔を見れる気がしないわ…。
 美鈴に対してどういう態度をとればいいかわからなくて頭を抱えながら、しぶしぶ帰途へとついた―――



「う〜ん…なにか他にいい案はないかしら…」
 紅魔館の厨房で、まな板を目の前に頭を捻る。
 傍目から見ればこれからなにを作るか迷っているようにしか見えないだろうが、私の頭の中はまったく違うことを考えていた。
 それはもちろん、朝から悩んでいる美鈴との約束の話である。
 魔理沙に邪魔してもらう作戦は失敗に終わってしまったが、まだ諦め切れていなかった。
 …というより、約束を守ることが出来そうにないので、なんとか守らずにすむ方法を探している、というのが正しいんだけど。
「邪魔するのが駄目なんだったら、美鈴を居眠りさせるしかないんだけど…」
 今の美鈴はかなり気合が入っていて、とてもじゃないけど居眠りなんてしなさそうである。
 こうなったら永琳特製の強力睡眠薬を…
「って、さすがに薬は卑怯だしやめておいたほうが良いわよね…」
 そんなものを盛ったと知れればさらに状況も悪くなりかねないし、さすがにそこまでしたいとは思わない。
 でも他に方法なんて…。
「もうっ、なんでいつもは居眠りしてばかりなのに、こういうときだけまったく寝ようとしないのよっ」
 それはもちろん美鈴が頑張っているからなのだが、ついそんな言葉が口を突いて出てしまう。
 でも良く考えたらいつも簡単に眠ってしまう美鈴なのだから、実は薬なんて使わなくてもちょっと眠くなる原因を作ってやれば意外と眠ってしまうかも…。
「そ、そうよね。相手はあの美鈴なんだもの。それに普通の人だってそんな状態に持ち込めば、眠くなってしまうものだし」
 作戦を決定すると、さっそく包丁を動かし始める。
 運のいいことに、今日は天気もよく絶好のお昼寝日和といった感じの天気。
 これなら成功確率はグンと高くなるだろう。
 よし、気合入れて作るわよ―――!



「美鈴、ちゃんと起きてるかしら?」
「あっ、咲夜さん。もちろんですよ」
 厨房での準備が終わると、美鈴が居る門のところまでやってきた。
 なぜやってきたかと言うと、もちろん作戦を実行に移すためである。
「ところで咲夜さん、その台車に乗ったものはなんですか?」
 美鈴が私の押しているものを不思議そうに指差す。
 そう、これこそ今回私が思いついた、最後の作戦である。
「これ? もちろんあなたのお昼よ。ちょっと遅れちゃったけど、味のほうは保障するわ」
「えっ…でもこれ……多くないですか?」
「えぇ、全部よ」
 ちょっと困惑した様子の美鈴に、私はニコッと微笑みかける。
 最後の作戦と言うのは、美鈴のお腹を一杯にして居眠りさせてしまおうというものだ。
 普段は美鈴が眠くならないようにと、腹八分目ぐらいになるように少なめに作っていたのだけど、今回はそれをはるかに上回る量である。
 普通の人でもこんなぽかぽか陽気の中でお腹一杯になったら、思わず居眠りしてしまいそうになるだろうし、それが美鈴ならなおさらだ。
「美鈴が最近頑張ってるからね。だから私も美鈴のために頑張って作ってみたの。もちろん食べてくれるわよね?」
「さ、咲夜さん……。わ、わかりました! 紅魔館門番紅美鈴っ! ありがたく食べさせていただきますっ!」
 私の言葉を素直に受け取ってくれたのか、美鈴は嬉しそうに敬礼すると凄い勢いで食べ始めた。
 ちょっと美鈴には悪いけど、料理のほうはちゃんと心を込めて作ったから、それで許して欲しい。
「それにしても咲夜さん、この料理いつもよりだいぶ力が入ってませんか?」
「え? そ、そりゃ美鈴をねぎらう意味で作ったんだもの…。それなりに力は入れるわよ」
 本当はしっかり全部食べてもらって、眠くなってもらうために頑張ったなんて言えない…。
「でも嬉しいです。咲夜さんがこんな豪華な料理を私のために作ってくれるなんて…!」
「なっ!? べ、別に美鈴のために作ったんじゃないわよっ!?」
「へ? でも私をねぎらうために作ってくれたんですよね? ということは、私のために作ってくれたということでは…」
「た、確かにそうだけど…」
 確かに美鈴の言うとおり、その解釈で間違いないと思う。
 …思うのだけど、なんかそう言われると途端に恥ずかしくなってきたりして…。
「それになんだか、お嬢様にお出しする料理よりも気合が入っているようにも見えなくもないのですが……気のせいですか?」
「ばっばかじゃないのっ!? そ、そんなわけないじゃないっ!」
「そ、そうですよね〜…すみません」
 慌てて否定してしまったけれど、実は美鈴の指摘は当たっているかもしれない。
 実際作り終えた後にこの料理を見て、自分でも同じことを思ったのだから。

 …実は料理を作っているときも、途中から作戦のことなんか忘れて、美鈴に食べて欲しい一心で作っていたなんて……絶対に言えない。

「咲夜さん咲夜さん」
「な、なによっ。だから別にあなたのために作ったわけじゃないわよっ!」
「い、いえ…そうじゃなくてですね、咲夜さんも一緒に食べませんか? お昼まだですよね?」
 考え事をしていて勘違いしてしまったけれど、一緒に食べないかと言う提案だったようだ。
「えっ? あ、あぁ…確かにまだだけど…」
 美鈴の言うとおり、さっきまでずっとこの料理を作っていたので、まだ食べてはいなかったりする。
 でも私が食べてしまったら、美鈴の食べる分も減っちゃうし…。
「じゃあ一緒に食べましょうよ。いくら私でもこんなにいっぱい食べ切れませんから」
「う〜ん、そういうことなら…」
 よく考えれば、これだけの量さすがに美鈴でも食べきれなさそうだし、そういうことなら私も一緒に食べようかな。
 正直言うと、お腹もすいていたところだし。
「はい、二人で食べたほうがきっと美味しくなりますから」
 そんな美鈴の言葉に苦笑しつつも、一緒にお昼を共にする。
 するとなんだか一人で食べていたときよりも、食が進んでいくような気がする。
 一人寂しく食べるよりもみんなでわいわい食べたほうが食事も美味しくなると聞いたことがあったけど、本当にそうなんだとは気づかなかった。
 今まで忙しくてお昼は一人で済ませることが多かったけど、たまにはこんな風に美鈴と食べてみるのもいいかもしれない。
 そうして二人で話しながら食べていたら、気づくと全ての料理を食べ終えていた。
 自分で作った料理にこんなことを言うのもなんだけど、普段より美味しく感じられたせいでちょっと食べ過ぎてしまった感じもある。
 まぁかなりの量が作ってあったから、それでも二人ともお腹一杯になることが出来たけど。
 そういう意味では目的は達成できたのだけど、同時に一つの問題が発生していた。

 それは―――
「ふわぁ……それにしてもいいお天気ね…今日は」
「大丈夫ですか咲夜さん、なんだかすごく眠そうですよ?」
 ―――美鈴ではなく、私のほうが眠くなってしまっているということだ。

「だ、大丈夫よっ。あなたじゃないんだから、居眠りなんかするわけないでしょっ」
「そ、そうですか? ならいいですけど…」
 美鈴にはそう言ってしまうが、実際のところかなり眠かった。
 なんせここのところ仕事が忙しかった上に、寝不足が続いていて疲れが溜まっていたのだ。
 寝不足の原因は…その、美鈴との約束が原因な訳だけど、そんなこと口が避けても言えない。
「さて、じゃあ今日はここであなたの仕事ぶりをしっかり見させてもらうからね」
「へ? 咲夜さん他の仕事は大丈夫なんですか?」
「えぇ、今日はどれも早めに終わったから、あなたが怠けないようにここで見張っててあげる」
 そう言うと私は美鈴の隣に座る。
 さっきまで忘れかけていたけど、今日はしっかり美鈴が居眠りするところをこの目に収めなければならないのだ。
 他の仕事をしていたのでは見逃す可能性があるので、すでに時間を止めてさきに済ませてある。
 これで準備は万全だ。
「そ、そうですか? でも咲夜さん、お疲れなら寝ていたほうが…」
「だから言ってるでしょっ? 私はあなたと違って、仕事中に居眠りなんかしないんだからっ」
 美鈴の言葉を突っぱねて門の壁にもたれかかった。
 だけど時間が経つにつれて私のまぶたは重くなり、気づかぬうちに眠りの淵へと落ちていった―――



 コツコツコツ…
 朦朧とした意識の中、かすかに音が聞こえた。
 どうやら音は私の真下から響いてくるようだ。
 おそらく床の上を歩く靴音だと思う。
 そしてなんだか自分の身体が宙に浮いているような浮遊感を感じ、ゆっくりと目を開けた。
 そこには、
「うぅ…ん………美…鈴?」
 なんだかいつもより凛々しく見える美鈴の顔があった。
 いつもとは違った表情に思わずドキリとしてしまった後、私は自分の状況に疑問を感じる。
 な、なんで私の身体浮いてるのかしら?
「あっ、目が覚めましたか? もうちょっとで咲夜さんの部屋に着きますから、待っててくださいね」
 私が目を覚ましたことに気づいた美鈴は、いつもの笑顔に戻って話しかけてくる。
 私の部屋…?
 どういうことだろう? 確か私は門の前で美鈴とお昼を食べて、その後眠くなってきてしまって……それからの記憶がないから、多分寝てしまったんだろう。
 そこまで考えたところで意識がはっきりとしてくる。
 すると、背中と膝の裏に美鈴の腕の感覚が感じられて、そちらに視線を移してようやく気づいた。

 ―――私、美鈴にお姫様抱っこされてるっ!?

「ちょ、ちょっと美鈴っ! も、もういいから降ろしてっ!」
「わ、さっ咲夜さんそんなに暴れたら危ないですってっ! 今降ろしますからっ!」
 気づいた瞬間一気に恥ずかしくなって、思わずジタバタ暴れてしまう。
 美鈴が慌てて降ろしてくれたけど、顔の熱はそれでも引いてはくれなかった。
「ま、まったくっ…こ、断りもなくいきなり抱き上げるなんて……」
「す、すみません。もう日も暮れてきたので、このままだと風邪を引いてしまうんじゃないかと思いまして…」
「えっ!? わ、私そんなに眠ってたの!?」
 その事実を聞いて驚いてしまう。
 今まで夜以外でそんなにも眠ってしまったことなんて、一度もなかったのに…。

「はい、起こそうかとも思ったんですけど、他のお仕事は全部終わってると聞きましたし……正直、咲夜さんの寝顔があまりにも可愛くて、起こす気がなくなってしまいました」

「なっ!? なにばかなこと言ってるのよっ!」
 可愛いの一言に、顔の温度はさらに上昇し、胸のドキドキは早くなり続ける。
 そ、それにしても昼間なのにこんなに熟睡してしまうなんて………もしかして、美鈴が隣に居てくれたから……?
「って、なに考えてるのかしら私っ!? そ、そんなわけないじゃないっ!」
 自分の考えに自分で突っ込みを入れる。
 美鈴には首を傾げられてしまうが、今の私はそれどころじゃない。

 昼間から居眠りをした上にお姫様抱っこまでされて…。
 しかもここは屋敷の廊下だから、門からここまでずっとお姫様抱っこで運ばれてきたと言うことで、下手をすると他の誰かにその様子を見られていた可能性も…。
 あぁぁ! 十六夜咲夜一生の不覚っ!!
 おまけに寝てしまったせいで、美鈴が居眠りしたのかどうかもわからずじまいだし!
 で、でも今聞いてみれば、もしかしたら分かるかしら…?
 正直な美鈴のことである。聞けば素直に話してしまうかもしれない。

「ねぇ美鈴、あなたちゃんと居眠りせずに門番していたのかしら?」
 嘘をついたら見逃すまいと美鈴をじっと見つめながら、彼女の言葉を待つ。
 てっきり返ってくるのは、苦笑いと“実は眠ってしまったんですよ”という言葉だと思っていたのに、実際に返ってきたのは―――

「当然です。大切な人が隣で寝ているのに、それを守るべき私が眠るわけにはいきませんからね」
 ―――という頼りになる言葉と、真剣な瞳だった。

「そっ……それならいいわっ! お、お勤めご苦労だったわねっ!」
 視線を合わせていられなくなって、思わずそっぽを向いてしまう。
 予想外な言葉に身体全身が熱くなり、心臓はバクバクいっている。
 ま、まさか美鈴が、あんなことを言うなんて思わなかった…。
 それでも…………やっぱり嬉しかった…かな。
「それじゃあ、私は門番のほうに戻りますので、咲夜さんは部屋でゆっくり休んでください」
 そう言って、美鈴は踵を返すと門のほうへと戻っていこうとする。

 そんな美鈴を私は、
「ま、待ってっ!」
 気づいたら呼び止めていた。

「? どうしたんですか咲夜さん?」
 不思議そうに首を傾げる美鈴を直視できず、私は俯く。
 てっきり私にキスさせるためだけに頑張っているんだと思っていたのに、美鈴は美鈴なりに信念を持って紅魔館の門を守ってくれていたのかもしれない。
 確かに今までも居眠りすることは多かったけれど、それでも何かあったときはこの場所を守るために戦ってくれていたわけだし。
 それに紅魔館を仕切るメイド長として約束はしっかり守らないとね…。
 あとやっぱり、私のことを大切な人だって言ってくれたのは…素直に嬉しかったから…。
 そうして意志を固めると、私は口を開く。

「あ、あなたが約束守ったから…。わ、私もちゃんと、守ってあげるわ…」
「えっ!? や、約束ってまさか―――」
 美鈴が全てを言い終わる前に、彼女の両肩を掴むと背伸びをして―――美鈴の唇に、自分のそれを重ねた。

「……さ、咲夜さんっ。え、えっと―――」
「―――ちゃ、ちゃんと約束守ってあげたんだから、これからもきちんと門番やら無いと許さないんだからねっ!」

 美鈴の言葉を遮り、私は捲くし立てると一目散に自分の部屋まで走りだす。
 自分からしたことではあったけど、顔の温度や胸の高鳴りは美鈴からされたときよりもはるかに高く大きくて、一秒たりともその場に居られる自信はなくて逃げてきてしまった。
 しばらく美鈴の顔、まともに見れそうにないわ…。
 そう心の中で呟くと、顔の火照りを覚ますべく自分のベッドに寝転がる。
 しかし目を閉じるたびにキスの感覚が蘇ってきて、まったく元に戻ってくれる気配がなかった―――



 ―――その後何日か経ったある日、パチュリー様からこんな話を聞いた。
「なんだか最近美鈴がさらに頑張ってるみたいね。居眠りや侵入者を許していないどころか、やる気のオーラに満ち溢れてるらしいわよ。いったいどうしたのかしら……咲夜心当たり無い?」
「あ、あはははっ…ちょ、ちょっと私にはわからないですね…」
 多分あの瞬間は誰にも見られて無いはずだけど、美鈴があそこまであからさまだと、誰かにバレないか心配である。

 ……でも、私のキスでそこまでやる気を出してくれるのは、ちょっと嬉しくはあるけどね…。






<あとがき>
 早草さんへの捧げもの、めーさく小説です。
 前回相互リンクお礼のときに書いためーさく小説の続きになります。
 なんだか予定よりも長くなってしまい、前回の2倍以上の長さになって
 しまいましたが、無駄に長いだけですね…すみません;;
 ちゃんと早草さんのお好きなめーさくになってますでしょうか?
 もし気に入っていただければ嬉しいです^^
 そしてニヤニヤしていただければw
 ではでは早草さん、こんなやつですがこれからも仲良くしてやってください^^






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