からかうあなたと不安な私
 八雲紫―――
 それは私の所によく遊びに来る、妖怪の名前
 いつも余裕を持ち、微笑を浮かべている彼女
 つねに何かたくらんでそうで、
 そこの知れない彼女
 遊びに来るたび私のことをからかって、
 愉快そうに笑っている彼女
 
 だけど彼女は―――とても綺麗だ
 立ち振る舞いは優雅だし、
 その口調も丁寧で乱れることはない
 容姿だってかなり整っている部類だと思う

 それに比べて私は―――
 大して可愛くもない
 立ち振る舞いにも気品があるとはとてもいえないし
 言葉遣いはとても乱暴だ
 スタイルだってよくはない

 そんな自分と彼女を比べると、
 どうしても自分が大きく見劣りしていて
 なんだか悲しくなってくる
 それに、可愛い子なんて他にいくらでもいるのだろうし

 それなのに、紫はどうして―――私のことをかまうのだろうか?



「ふふっ、今日も可愛いわね霊夢」
「だーっ! 会っていきなり抱きしめるなっ」
 出会いがしらに纏わり付いてくる紫を振り払い、服を整える。
 いつも紫はこのパターンなんだけど、その能力を使って突然現れるから、わかっててもかわしようがない。
「もう、霊夢は恥ずかしがり屋ですわね。まぁそんな所も好きですけれど」
「な、なにいってんのよっ! そんなこと言ってからかってんでしょっ?」
 紫の発言に顔が熱くなるのを感じる。
 ホントに紫は、不意打ちでそういうことを言ってくるから困ってしまう。
 しかもそれが本気なのか、それとも冗談なのかが分からなくて性質が悪い。
「まったく、今日は何の用よ? 私だって暇じゃないんだから」
 と、いいつつ本当は、最近異変もないし参拝客はいつものごとくいないので、
結構暇だったりするのだがそれを認めたくはない。
「特に用という訳じゃないのですけど、霊夢の顔が見たくなりまして」
「はぁ…あんたも暇なのね〜」
 いつもどおり過ぎる反応に、思わずため息をつく。
 本来ならやることも沢山あるのだろうが、おそらく藍にでも任せきりなのだろう。
 藍のやつも大変ね、こんな主人を持つと…。
「あら、確かに今は暇ですけれど、例え忙しくても私は霊夢の顔を見に来ますわよ?」
「ま、また冗談ばっかり言ってっ。私の顔なんか見て何が楽しいのよ」
 本当に、紫は私の顔なんて見て、何か嬉しいのか。
 私なんて特に可愛くもないし、私より可愛い子なんて他にいくらでもいると思う。
 それなのに、わざわざ私の顔なんか見に来るんだろうか?
「あら、すごく楽しいですわよ。霊夢ったらコロコロ表情が変わるんですもの。見ていて飽きませんわ」
「…それって、ようするに私のことからかって楽しんでるって事よね?」
「あらバレてしまったかしら? まぁ半分はそうですわね〜」
 悪びれもせず、紫はクスクスと笑う。
 ったく、こっちの気持ちも知らないで…。
 …だけど、今改めて思うのは、やっぱり紫は綺麗だと言うこと。
 なに考えてるか分からなくて、どこで悪巧みをしてるか分からなかったりするけど、容姿はとても美人だ。
 ―――平凡な私とは比べ物にならないくらい。
 それを改めて認識させられると、なんだか気分も沈んでしまう。
 別に容姿で、紫に敵わないのが悔しいとかじゃない。
 そういうことじゃなくて…。
「…珍しいですわね。こんなこと言ったら、いつもなら迷わずつっこんできますのに? いったいどうしましたの?」
「……紫ってさ、なんだかんだ言っても綺麗よね」
 紫の言葉を無視して、思っていたことを口にする。
 いつもと私からは絶対に出ることのない言葉に、少しの間呆気にとられた後―――
「あら、霊夢からそんな言葉が出るとは思いませんでしたわ。やっと私の魅力に気づいてくれたのね?」
 ―――なんて口にした。
 少しぐらい驚くかと思ったけど、そんなふうに冗談で返せるのはさすが紫だ。
「…茶化さないでよ」
 だけど今聞きたいのはそんな冗談じゃない。
 私はそう言って、紫の質問を拒否する。
「ふふっ、ごめんなさい。でも嬉しいですわ。霊夢にそう言ってもらえるなんて。
…だけど、どういう風の吹き回しですの? 今までそんなこと、一度も口に出してくれなかったじゃありませんの?」
 紫にしてみれば、私がどうしてそんなことを言い出したのか不思議なのだろう。
 それはそうだ。私だって紫の立場だったら、同じく首を傾げるだろう。
「……なんで紫は私なんかにかまうのよ?」
 少し間をおいて、今日ずっと悩んでいたことを口にする。
 気になっていたのだ。紫がどうして、私なんかにこれほどかまうのかが。
「? ちょっと真意を図りかねますけど、しいて言うなら霊夢が可愛いからですわ」
「どうしてよ、私なんて全然可愛くないじゃないっ!
 私より可愛い子なんていくらでもいるし、紫くらいの美人ならもっと可愛い子の方が相応しいでしょっ!」
 気づいたら声を荒げていた。
 紫が悪いところなんかまったくないのは分かっている。
 だけどどうしても我慢できなかった。
 紫が私の気にしていることをそのまま言葉にするから…。
「……なるほど、そういうことでしたのね。道理でいつもより元気がないと思いましたわ」
 私の言葉を聞いて、紫は少し呆れたようにため息をつく。
「ねぇ霊夢、極端な話ですけど、私がもし自分以外の生き物などモノとしか思っていないような、
冷酷非道な妖怪だったとしたら、あなたは私と仲良くしてくれたかしら?」
「そんなの仲良くするどころか、そんな危ない奴は即刻、完膚なきまでに退治するわよ」
 そんなやつはいくら紫と同じ容姿をしていたとしても、叩きのめすに決まってる。
 紫だって幻想郷に住む人々を、幻想郷自体を大事にしているのだ。
 そんな血も涙もないやつなど、同じ容姿の別物に違いないだろう。
「ふふっ、霊夢らしいですわね。でもその考えと、さっきの霊夢が言ったことは矛盾してますわよ?」
「えっ? どういうこと?」
 言われている意味が分からず、首を傾げる。
 さっきのたとえと、私の言ったことに何の関係があるのだろう?
「人が人を好きになるには、大して見た目なんて関係ないということですわ。
あなたがさっき言った話が正しいのなら、私が血も涙もない化け物だったとしても、
霊夢は私の容姿を綺麗だと思うから、きっと好きになるはずですわ」
「あっ…」
 そこで紫の言っていた意味を理解する。
 私が言っていたことは、私の容姿は大したことないから、綺麗な紫が私を好きになるのはおかしいと言うこと。
 でもその私の言い分が正しいならば、例え紫が今とは比べ物にならない酷い性格だったとしても、
私は彼女に好意を持つはずである。
「でもあなたはそれは違うといった。まぁそれは当然の答えですけれど、それがあなたへの答えとなりますわ」
 紫は諭すように、優しく私に語り掛ける。
 その笑顔は、今日見た紫の表情の中で、一番綺麗だった。
「けして人は、その容姿だけで人を好きになったりしないと言うことですわ。
多少の例外はあるかもしれませんが、誰も性格の悪い人を好きになったりしませんもの」
 それが紫からの私への答え。
 確かに見た目だけで人を好きになったりは、少なくとも私はしない。
「私があなたのことを、可愛いから気に入っているといったのは、なにも見た目だけの話じゃありませんの。
その性格も、立ち振る舞いも、全てを含めて可愛いといったのですわ。
だからこそ、よくからかいたくなってしまうのですけれど」
 つまり私の考えは間違っていて、紫だって容姿だけで人に好意を持ったりはしないということ。
 最後の一言がちょっと気に入らないけど、今は追求しないでおく。
 だって、そんなことより大事なことを、紫は今言ってくれているのだから。
「私はけして、“博麗霊夢の容姿”が気に入ったのではない。“博麗霊夢”―――その全てが好きなのですわ」
「ゆ、紫…」
 その言葉が胸に染み渡る。
 今までの不安が全て消えていき、心が落ち着く。
 まるで枯れていた湖が雨で潤されるみたいに。
「まったく、あなたは私が人を見た目だけで判断するような、薄っぺらい女に見えるのかしら?」
「…そうね、紫はそんな分かりやすい人の好きになり方なんてしなさそうだもんね」
「あら、なんですのそれ」
 私に素直じゃない返答に、紫は可笑しそうに笑う。
 …だってしょうがないじゃない。素直に紫を褒めるなんて、恥ずかしくて出来ないもの…。
「くすっ、でもまぁ自信を持ちなさい―――」
 少しの間笑った後、そんな言葉と一緒に近づいてきた紫。
 どうしたのかと首をかしげていると、突然私の顎に人差し指と親指を添えて、くいっと私の視線を少し上に向かせる。
 その先は紫の視線とばっちり合っていて、顔が赤くなりそう。
 私が何をされるのかと身構えていると、
「―――霊夢は容姿も十分すぎるぐらい可愛いですわよ」
 なんてことをのたまった。
「なっ、なな! 突然なに言ってるのよ! だいたいあんた、さっきといってること違うじゃない!?」
 紫の腕を振り払うと、その発言に対して抗議する。
 さっきは容姿なんて関係ないって言いながら、何いってんのよ紫はっ!
「あら、私はあくまで容姿だけでは好きにならないとは言いましたけど、見た目が可愛いに越したことはありませんわ」
 私の憤慨した様子に、悪びれもせず紫は飄々と話す。
 せっかく、紫はさすがだなって見直したところだったのに、台無しである。
 ……その、可愛いって言われたのは、ちょっと嬉しいけど…。
「でも安心なさい。めったに居ないとは思いますけど、霊夢より容姿が可愛くても、
私から見れば全体の可愛さで霊夢に勝てるものはいませんから」
「なっ、それどういう意味よっ!?」
「くすっ、そのままの意味ですわ〜」
 まるでバカにされたようで、私は怒声をあげるが、するりとかわされてしまう。
 それから、その言葉が一体どういう意味だったかは教えてもらえなかった。
 まぁ…紫からそういう言葉が聞けたことで、割と安心は出来たけど…。
 今日はいろいろあったけど結局、今回の出来事で得られた結論は、自分にもっと自信を持とうということと―――

 紫はやっぱり、割といいやつだってことかな。



 確かに彼女は美しい
 立ち振る舞いも優雅だし
 その口調も丁寧で乱れることはない
 だけど、今ならわかる
 私はそんな彼女の見た目の美しさに惹かれたのではない
 もちろんそれも、一つの要員ではあるけれど
 私もきっと、彼女の内面にある美しさに惹かれたのだ

 だから私も、自分の内面から磨いていこうと思う
 いつも私をからかって笑っている、
 あの妖怪をあっと言わせるために―――





<あとがき>
 う〜ん、またしてもほのぼのなゆかれいむです。
 書き始める前は甘くしようと思ったんですが、なぜかほのぼのになっていました(^^;)
 読んでいただければ分かると思いますが、霊夢はすでにゆかりんのことが
 好きで、それで自分より可愛い子にゆかりんをとられるんじゃないかと不安なわけですw
 自分に自信がない霊夢ってちょっと珍しいですけど、ゆかりんぐらい綺麗な人
 相手だと、やっぱり他の競争相手にとられないかって、気が気じゃないんじゃないですかね?
 いや、もちろん霊夢もとっても可愛いですけどね(^^)

 あと、ゆかりんの最後にわざわざ言った、霊夢は十分可愛いって言葉は、
 ゆかりんが容姿もよくないと好きにならないという意味じゃなくて、
 霊夢に、あなたは十分可愛いから、もっと自信持てって伝えたくて言ってます。
 前の自分の言葉とちょっと矛盾してても、ゆかりんは『自分は可愛くない』って言った
 霊夢の言葉を否定したかったってことですw






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