助けに来てくれるかな?
「はぁ、こんなことになるなんて…」
 私―――博麗霊夢は目の前に広がる、すっかり見飽きてしまった景色を眺めながらため息をついた。
 最初に来たときは全てが目新しかったのだが、今はそれがずいぶん前のことのように思える。
 それもそのはず、私は空飛ぶ宝船に宝物を追い求めて乗り込んだものの、いつのまにか魔界にたどり着いてしまい、そこに封印されていた白蓮と名乗る僧侶(魔法使いっぽかったが)に戦いを挑み、結果捕らわれてしまったのだ。
 早く帰りたい所なのだが、いまいちそのタイミングに恵まれない。
「う〜ん、いったいどうすればいいのかしら…」
 今はそれほどではないが、私の周りには妖怪達が沢山居るのだ。
 この妖怪達のせいでここから脱出するのは、かなり難しい作業になっている。
「…誰か、手伝ってくれる人がいればまだ何とかなるんだろうけどね…」
 しかしこの場所で助っ人の登場は見込めないだろう。
 なんせ自分の周りは妖怪だらけだ。人間の自分に味方してくれるものなんて居ないに決まっている。
 自分に味方してくれる妖怪―――そんなことを考えたとき、私の頭には一人の妖怪の顔が浮かんできていた。
 ……紫、助けに来てくれないかしら…。
「って、なんでそこで紫の名前が出てくるのよっ!? あんなやつに助けに来て欲しくなってないに決まってっ…決まって……」
 否定しようとするけど、どんどん声が小さくなっていく。
 本当は、紫に会いたい。
 紫に一番助けに来てもらいたい。
 口では強がってしまうけれど、心の中ではこのままここに捕まったままで、もう紫に会えないんじゃないかと不安なのだ。
 ……そんなのは絶対、絶対に嫌だ…!
「こんにちは霊夢さん。ご機嫌いかがかしら?」
「なっ!? あんたは白蓮っ!?」
 突然の来訪者に、私は急いで構えなおす。
 その声の主は私を捕らえた張本人、白蓮だった。
「いきなり現れて何の用なのよ? 手も足も出ない私を笑いにきたわけ?」
 私はいつでも応戦できるように体勢を整えながら、白蓮をにらみつける。
 いったい今更私の前に現れて、なにをしようというのか。
「あらあら、いきなりご挨拶ですね。私がそんな下賎な真似をすると思いますか?」
「思うわ。だいたいこんな風に私を捕まえておいて、よくノコノコと顔を出せたものね。別に身体の自由は奪われていないんだし、今ここで霊撃喰らわせてあげてもいいのよ?」
「ふふっ、嫌われたものですね。でも別にあなたと一戦交えるためにきたわけではありませんよ。実はあなたに用があるのではなく、用があったのはこの場所なのです」
「え? この場所?」
 白蓮の言葉に首を傾げる。
 この場所にといっても、捕らわれてからずっと周りを眺めていたが特に変わったものはないし、力の流れなども感じない。
 それにそんな特別なものがある場所に、私を放置したりするとも考えられないし。
「えぇ、この場所に今から、懐かしい人物が訪ねてくる気がしてね」
「懐かしい人物?」
 その人物とは一体誰だろう?
 少なくとも白蓮の知り合いならば、私にとって友好的でない相手なのは確かだ。
 下手をするとさらに逃げることが難しくなってしまうかもしれない。
 さらなる敵が現れた場合、いったいどうやって対応しようかと思考をめぐらせていると―――突然目の前の空間に穴が開いた。
「―――来ましたね」
 白蓮はすでに来る人物が誰であるかわかっていたかのように呟く。
 そして本来なら、ついこの前あったばかりの白蓮の知り合いなど知るはずのない私にも、それが誰であるか理解できた。
「うそ…まさか、ホントに…?」
 だってあのスキマは間違いなく、自分が今一番待ち望んでいる相手のものに違いないのだから。
 そうしてそのスキマが人が一人通れそうなぐらいまで広がると、そこからここの景色より見慣れた、だけどもっとも見たかった姿が現れる。
 呆然としている私に彼女は、
「よかったですわ霊夢。無事でしたのね」
 なんて優しく笑いかけてくれた。
「紫……まさか、助けに来てくれたの?」
 絶対に来てくれるはず無いと否定しつつも、心の奥底ではこの光景を夢見ていた。
 それが今、現実のものとして目の前に広がっている。
「当然ですわ。私の霊夢のピンチですもの、地獄だろうと魔界だろうと助けに行きますわよ」
「い、いつから私は紫のになったのよっ。……ばかっ」
 いつもならもっと強く否定してしまうのだけれど、今はあまりにも彼女の登場が嬉しくて、赤くなる顔を隠すことしか出来なかった。
 その優しい声、美しくも頼もしい姿、間違いない。
 夢でも幻でもない、確かに彼女が―――八雲紫が助けに来てくれたのだ。
「久しぶりですね紫。こんなところで逢えるなんて思っていませんでした」
「そうですわね、もう千年ぐらいになるかしら?」
「…紫、こいつと知り合いなの?」
 白蓮が懐かしい人物が来ると言っていたから、もしかしたらと思っていたが、やはり紫と白蓮は以前にあったことがあるようだ。
「えぇ、彼女が封印されてしまう以前にね…」
 そう言いながら紫は、私を後ろに庇うように立ちながら、白蓮と向かい合う。
 その背中がとっても頼もしく見えて、まだ敵地のど真ん中だというのに少し気持ちが楽になった。
「それでわざわざあなた自らこんな場所に来た理由は……やはり?」
「そうですわよ。霊夢を返してもらいに来ましたの」
 さも当然であるかのように言う紫にも白蓮は怯みもしない。
 どうやら最初から紫が来ることも、その目的が私を連れ帰ることであることも予想していたようだ。
「なるほど、しかしそちらの巫女さんは妖怪を虐げる存在ですよ? それなのに妖怪であるあなたはその人間の味方をするのですか?」
 確かに白蓮の言うとおり、私は基本的に妖怪を退治する存在で、妖怪とは対峙関係にあるだろう。
 仲のいい妖怪も居るが、それは彼女らが悪さをしていないからであり、そうでなければ彼女らにだって攻撃を仕掛けるかもしれない。
 そう考えると、紫が私側に味方するのはおかしな話なのかもしれない。
 なにせ白蓮は妖怪の立場も人間と同じように尊重しているが、私は問答無用で妖怪を退治して回っていたのだから。
 だけどそんな不安を紫は、
「人間とか妖怪だとかなんて、そんな細かいことはどうでもいいのですわ」
 清々しいまでにキッパリと否定してくれた。
「私はけして人間の味方をしているつもりはありませんし、どちらかというと妖怪の味方であるつもりですわ。…ですけどそれ以上に、私八雲紫は―――博麗霊夢の味方なのですわ」
 優しくもしっかり意志のこもった声で、
「なぜなら私は、霊夢をどんな脅威からも、逃れられない運命からも全力で守ると決めているのですから。だから霊夢が人間だろうと妖怪だろうと関係ないんですの。私が守りたいのは“人間の霊夢”ではなく、霊夢自身ですからね」
「なるほど、だからこそあなた自らここまで出向いたということですね。あなたなら多少大事なものでも自分の式に任せてしまうのに、それを自分でわざわざ出向いて来るということは、それだけ彼女が大事なのですね。ですけど―――」
 そこで一呼吸おき、白蓮は先ほどまでの優しげな表情から、真剣な顔に変わる。
「―――霊夢さんは、私を慕ってくれている妖怪の方たちにとって、とても危険な存在なのです。そんな彼女を簡単に開放するわけにはいきません」
 
「……じゃあ、私と一戦交えるかしら?」

 その一言に、その場の空気がガラッと変わった。

「言っておくけど、霊夢の敵に対して……手加減なんて出来ませんわよ?」

 言った瞬間、紫の周りから圧倒的な威圧感が放たれる。
 私に向けられているわけではないのに思わず身構えてしまうほどの、他の妖怪とは一線を画すプレッシャー。
 目の前で白蓮に対して放たれているそれは、私が以前に紫と対峙したときに感じたものを遥かに凌駕していた。
 これが幻想郷でも最強クラスと謳われるスキマ妖怪、八雲紫の本当の存在感。
 さすがの白蓮もひるんだように言葉を失う。
 もし自分がこのプレッシャーに晒されたら、まともに動けるかどうかも怪しい。
 それほどまでに今紫から放たれているそれは、別格の領域に達していた。

「いえ、やめておきます。いくら私でもあなたには敵わないでしょうし、そうしてまで霊夢さんをここに止めておく理由はありませんから」
 紫のプレッシャーに負けたのか、それとも最初からその気がなかったのかは分からないが、白蓮はすんなりと引き下がった。
 だけど少しひるんだだけですぐ普通に対応できる辺り、白蓮も相当にこういう場面にも慣れているのかもしれない。
「あら、残念ですわ。あなたと戦うのも一興かと思ったのですけれど」
 白蓮が引き下がったのを受けて、紫から放たれていた威圧感も収まり、いつもの紫に戻っていた。
 さっきまでは恐ろしさすら感じるくらいだったのに、ちょっと一瞬で変わりすぎである。
「さて、じゃあ行きましょうか霊夢。私久しぶりに霊夢の手料理が食べたいですわ」
「はぁ…あんたは……。まぁいいわ、ここまで助けに来てくれたことだし、特別に作ってあげる」
 いきなりいつもの調子に戻ってしまう紫に呆れつつ、勧められるままにスキマへと足をかける。
「霊夢、ちょっと待ってくださる?」
「へ? どうしたのよ紫」
 急に紫から呼び止められて、私は片足をスキマに入れたまま立ち止まる。
 一体何の用かと待っていると、
「疲れたでしょうから、神社まで持ってあげますわ」
「持つって何を―――きゃあっ!?」
 ふわっと身体が浮いたかと思ったら、いきなり紫に抱きかかえられていた。
 背中と足の後ろに手が回されているので、俗に言うお姫様抱っこである。
「な、なにするのよ紫っ!?」
「なにってお姫様抱っこですわよ? 心配しなくても霊夢は軽いから、いくらでも持っていられますわ」
「あんたが問題なくても私はあるのよっ!」
 あまりに恥ずかしくてジタバタ暴れるけど、紫はちっとも離してくれる気配はない。
 というか周りに人が居るってのに、なんで気にしないんだろう紫はっ!
「ふふふっ」
「ほ、ほらっ! あんたがあんまり変なことするから白蓮に笑われたじゃないっ!」
 もうっ、絶対こうなるから周りのこと気にして欲しいのに!
 だけどその後の白蓮の反応は、予想したものとちょっと違っていた。
「いえ、違うんですよ。どうやら私は霊夢さんのことを誤解していたみたいですね」
「へ? 誤解?」
 誤解していたとは何だろう?
 別に白蓮が私に対して誤解していることなんて、何一つなかった気がするけど。
「てっきり妖怪に対して非常に冷たい方だと思っていたら、なんだか私よりもずっと妖怪と仲が良さそうですもの」
「はぁっ!? だ、誰が紫なんかと―――」
「―――そうなのですわ。霊夢はちょっと素直じゃないだけですの」
 白蓮の言葉を否定しようとするが、紫に言葉をかぶせられてしまう。
 私が紫に文句を言おうとすると、紫は私の耳元で私だけに聞こえるように小声で、ささやいた。
「だまって頷いておきなさい。そうすればここは、丸く治まりますわ」
「うぅ…わかったわよ」
 ここで下手に否定してことをややこしくするよりも、白蓮にはそう思わせておいたほうがいいだろう。
 ………まぁ実際のところ、それが本当なわけだけど。
「では私達はこれで行きますわ。また機会があったら会いましょう」
「はい、二人ともお幸せにね」
「な、ななっ…! うぅ〜〜〜っ」
 本当は全力で否定したいのに出来なくて、不満で唸ってしまう。
 抱き上げられているせいで、赤くなった顔を隠すことも出来ないし。
「えぇ、ありがとうですわ」
 おまけに紫はそんな私を見て楽しそうに笑ってるし。
 絶対に紫の奴、どっちかっていうと私を困らせるためにあんなこと言ったに違いない。
 あ〜っ! ここが敵地じゃなきゃ思いっきり暴れて否定してやるのにっ!
「ふふっ、やっぱり恥ずかしがってる霊夢は可愛いですわね」
「う、うるさいっ! み、見ないでよばかっ!」 
 結局そうやってその場で少しからかわれた後、スキマに入って博麗神社へと戻った。
 こんなにからかわれたのだから、料理なんて絶対作ってやらないと思っていたけど、やっぱり作ることにする。
 材料は紫が買ってきてくれたし、やっぱり助けに来てくれたことがすごく嬉しかったから―――

 こうして私は、なんとか無事に神社へ帰ることが出来た。
 ご飯の後紫に「今度からは私のことをもっと頼りにしなさいよ」と念を押されてしまった。
 まぁ今回ばかりは紫の言うとおりだし、ちょっと癪だけど、これからはもうちょっと紫のことを頼りにすることにしよう。




<あとがき>
 星蓮船をやってて思いついたネタです。
 バッドエンドになると霊夢が白蓮さんに捕まっちゃいますけど、
 それを見た瞬間、「この後すぐにゆかりんが助けに来るに違いない!」
 と思ってしまいましたw
 まぁその妄想を文にしてみたわけですが、本当はこの半分ぐらいの量で
 チョイネタとしてブログのほうにでも載せるかと思ったんですが、
 書いてたら長くなってしまったので、普通にサイトに載せました。
 それにしても最近、ちょっとスランプなのかよく筆が止まります;;
 もうちょっとゆかりんもカリスマ出せればよかったんですけど…。
 そのうち暇があったら書き直そうかな?






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