期待と緊張、不安が入り混じった独特の空気が漂っていた。
回りには私と同じように真新しい制服を着た学生達が、ある人は緊張した面持ちで、ある人はこれからの学生生活への希望でキラキラした顔をしながら椅子に座っている。
私が今居るここは、幻想学園の体育館。
普段は体育の授業や運動部の練習で賑わうだろう場所は、現在静寂に包まれている。
なぜなら、今ここではある式典が行われているからだ。
それは私達新入生が必ず最初に参加する式典―――入学式。
小学校から大学に到るまで相違なく行われ、それに出席することにより初めて学び舎の仲間入りを果たすことが出来る。
今はその後半に差し掛かっており、あとは在校生代表の生徒会長さんからの挨拶と、新入生代表からの挨拶を残すのみだ。
「うぅ…緊張するなぁ…」
私は新入生代表の挨拶とかをするわけじゃないからただ話を聞いていればいいんだけれど、この場に居るだけでこれからの学校生活のこととかを意識してしまって、そわそわしてしまう。
今日はこのあとちょっとだけ教室に行ったら帰るだけだけど、それにしたってまったくあったことのない人と顔を合わせるわけだから、へんな失敗とかしないか心配…。
私はこんなに緊張してるのに、霊夢は…。
チラッと隣に座っている霊夢に視線を移す。
霊夢は私とは違って緊張をしているどころか、すごくリラックスした様子だ。
な、なんで霊夢はそんなに余裕で居られるのよ〜…。
「どうしたのアリス? 私の顔に何かついてる?」
私の視線に気がついたのか、霊夢が小声で話しかけてきた。
私もそれに小声で答える。
「霊夢はよくそんなにリラックスしてるな〜って…。私はこれからのことが心配で仕方ないのに…」
「う〜ん、私も少しは不安なのよ? でもそれより、これから始まる新しい学生生活が楽しみなの。だから心配に思う気持ちよりも、ドキドキ感の方が大きいかな」
さすがは霊夢、やっぱり私よりしっかりしてるというか、度胸があるというか…。
私も霊夢のこと見習わなくちゃ。
「―――それでは次に、在校生代表の挨拶。生徒会長の八雲紫様お願いします」
その司会のアナウンスに、私と霊夢は姿勢を正す。
やっぱりこれから入学する学校の生徒会長さんの話は、きちんと聞いておきたいし。
…それにしても、今生徒会長さんの名前に“様”をつけてた気がしたけど、気のせいかしら?
普通“様”を付けるのは来賓の人とかだけで、生徒会長にはつけないと思うんだけど…。
今司会をやっているのは生徒会の人らしいけど、間違えちゃったのかな?
「―――あっ……あの人っ……!」
「どうしたの霊夢? ……えっ!?」
霊夢が突然驚いたような声をあげる。
それが気になって生徒会長さんの顔をよく見た瞬間、自分の目を疑った。
あの人ってまさか…!?
「今朝霊夢の神社であった女の人…!?」
ゆっくりと壇上へと上がっていく生徒会長さんは、まさしく朝に私が霊夢の神社で出会った女性だった。
今まで何人かの人が壇上で挨拶していたけれど、そのどの人すらも圧倒するほどの空気を八雲さんは纏っている。
式の間でも少しざわついていた新入生達も、一斉に姿勢を正して壇上に向き直り会場全体がシーンと静まりかえった。
そんな会場全ての視線を集めた状態で、八雲さんはしゃべり始める。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。生徒会長の八雲紫ですわ。今日から皆さんもこの幻想学園の生徒となり、新しい仲間を迎え入れることが出来たことを嬉しく思います」
凛とした声が会場に響き渡った。
朝に会ったときにもその声の感じは出ていたけど、今は一層透き通っていると言うか、気高くすら感じる。
大して大きな声を出しているわけでもないのに、八雲さんの声は力強く放たれた矢が的に向かって真っ直ぐに飛んでいくように、淀みなくはっきりと私の耳に届く。
おそらく会場で聞いている皆も、同じように感じていると思う。
それほどまでに八雲さんさんの声は、まるで魔法でもかかっているかのように心を捉えて離さなかった。
八雲さんは続ける。
「これからの生活に大きな期待を持っている方も多いかと思いますが、中にはまったく新しい環境に戸惑いを隠せない方もいるでしょう。そんな方たちは上級生や私達生徒会のメンバーに言ってくだされば、全力でサポートいたしますわ。
では最後に、皆さんのこれからの学生生活がとても素晴らしく、充実したものになることを祈りつつ、お祝いの挨拶とさせていただきます」
挨拶が終わり八雲さんがお辞儀をした瞬間に、一斉に拍手が巻き起こった。
本来なら、生徒会長の挨拶ぐらいではここまでの拍手が起こることはありえないのだけど、八雲さんは余裕の表情を崩さずに、壇上を降りていく。
おそらく彼女にとって、こんなことはいつものことなのだろう。
それほどに八雲さんには、人を惹きつける力や魅力と言うものが備わっているのだと思う。
「―――続きまして、新入生代表挨拶。代表霧雨魔理沙さんお願いします」
八雲さんの挨拶が終わったばかりで、会場が異様な空気に包まれている中、新入生代表の人が壇上へと上がっていく。
入学早々みんなの前で挨拶をするだけでも大変なのに、あの挨拶の後に喋らなきゃないなんて、気の毒だなと思ってしまう。
きっと代表の人―――霧雨さんも緊張しているに違いないと思ったんだけど…
「…あれ? あの人……笑ってる?」
普通ならこんな場面での挨拶なんかすることになったら、絶対緊張するところのはずなのに、霧雨さんは薄っすらと笑みを浮かべ、なんだか余裕が感じられる。
こんな凄い状況だと言うのに、もしかしてまったく動じていないとでも言うのだろうか?
「アイツのことだから心配ないと思うけど…大丈夫かしら?」
「え? 霊夢あの人のこと知ってるの?」
霊夢の予想外の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「まぁ、ちょっとね。それは式が終わったら教えてあげるわ」
なんて少し悪戯っぽく笑って見せた。
はて、その口ぶりからして霊夢が霧雨さんのことを知っているのは確かだけれど、もしかして八雲さんみたいに今朝神社で出会ったとか?
でもその割には言い方が、まるで親しい友人に対する言葉遣いみたいだし…。
「本日は私達新入生のために、このような式を開いていただきありがとうございます。新入生代表の霧雨魔理沙です」
私があれこれ考えているうちに、霧雨さんが挨拶をし始める。
壇上に上がるときの顔から感じられたとおり、その声や表情に焦りや緊張は微塵も浮かんでいなかった。
凄いな……私だったらあんな風に壇上で挨拶するのも無理なのに…。
「―――なんて退屈な挨拶をする気はないぜ」
「えっ……?」
ちゃんと挨拶をしていたと思った霧雨さんは突然読んでいたメモをポケットに突っ込むと、マイクスタンドからマイクを外し右手に持ち替えた。
い、一体何をする気なのかしら…。
「私と同じ新入生の皆、まずは入学おめでとうだぜ。だけどさっき生徒会長さんが挨拶で言ってたみたいに、初めての高校生活で不安がってる奴も沢山居ると思う。だけどな、それじゃ面白くないだろう? そんな風に縮こまってちゃなにも始まらないし、楽しい学園生活なんて絶対送れっこない」
霧雨さんの声が講堂に響き渡る。
話し始めたときはざわついていた会場の人たちも、今ではすっかりその言葉に聞き入っていた。
本来こんな挨拶の仕方なんかしたら、騒ぎになるかざわめきが収まるどころか大きくなっていくばかりなのに、それがこんなにも静かなのは彼女の言葉にそれだけ人を惹きつける力が宿っているからだと思う。
前に挨拶した八雲さんの挨拶も思わず聞き入ってしまうものがあったけど、霧雨さんの言葉にはそれとはまた違った、力がこもっていた。
一呼吸置いて、霧雨さんは続ける。
「だからさ、そんな弱気なんか吹っ飛ばして思いっきり笑っていこうぜっ。確かに初めは知らないことばかりで心配になっちまうかもしれないが、やってみればきっと大したことはない問題だったりして拍子抜けしちまうもんさ。
きっと心配して小さくなってるより、背筋伸ばして突き進んだほうが絶対上手くいくし気持ちいいだろ?
それじゃあ皆―――
一度しかない高校生活、一生に一度の青春だッ! 思いっきり楽しもうぜッ!!」
最後の一言が終わると同時に会場全体から割れるほどの拍手が巻き起こる。
中には今は入学式中だということも忘れ、口笛を吹き鳴らす人まで居た。
私はというと思わずその空気に圧倒されてしまっていた。
入学したてで今日初めて会った人がほとんどに違いないのに、その全ての人をここまで引き込んでしまえるなんて…。
「はぁ…何かやらかすとは思ってたけど、こんなことするなんてね。まぁ、魔理沙らしいけど」
霊夢はそんな私の横で呆れたようなため息をついていた。
でもその顔には、どこか嬉しそうに見える。
結局それからしばらくは拍手が鳴り止まず、鳴り止んで閉会が宣言されたときには霧雨さんの挨拶が終わってから10分ほど経っていた。
私が入学することになった幻想学園。
そこには予想以上に凄い人たちが居て、思った以上に個性的な学園みたい。
だけど八雲さんや霧雨さんが言うように、これからの学園生活が素敵なものに出来たらいいなと心から願った。
<あとがき>
あ〜、ゆかりんのカリスマが思うように出せなかったです…orz
入学式の挨拶とか、代表の人がなに喋ってたのか覚えてないせいで、
なんて書けばいいかかなり迷いましたし…;;
次の見せ場ではもっとカリスマ出せるように頑張ります^^;
ホントは魔理沙とアリスの出会いのシーンも入れる予定でしたが、
入学式の部分が長くなってしまったので、また次回と言うことで。
ちなみにゆかりんが“様”付けされてる理由は、そのうち明らかになるかも?
|