眩しい朝日が差し込む食卓で、食後のコーヒーを口にする。
まだ寝ぼけ気味だった頭も、それを身体に入れる度に徐々に覚醒してくる。
「ふぅ…今日からついに高校生活が始まるのね…」
今日はクラス分けが発表され、そこで自己紹介などのイベントが待っている。
昨日は入学式だったから他の人とはあまり顔を合わせなかったけど、今日からはこれから1年間一緒に過ごすことになるクラスメイトと知り合うことになるんだ。
つまり、今日からが本当の高校生活の始まりと言えるのかも。
「うぅ…そう考えると緊張するなぁ…」
友達が出来るかもわからないし、クラスの輪に入れるかもわからない。
物事を深刻に考えすぎてしまうのは自分の悪い癖だとはわかっているけれど、そう簡単に直すことは出来なかった。
こんなことで、本当に友達なんて作ることが出来るんだろうか…。
「だ、だめだってばっ! 魔理沙さんが言ってたじゃない『一度しかない高校生活、一生に一度の青春なんだから思いっきり楽しまなきゃ』って!」
そうだ、あの魔理沙さんの言葉を胸に、頑張るって決めたんだ。
今までの人見知りな友達の少ない私じゃなくて、霊夢や魔理沙さんみたいないつも笑っていられる人になるって。
それに魔理沙さんは『明るく笑ってれば友達なんてすぐ出来る』って言ってくれた。
だから暗い顔ばっかりしてないで、出来るだけ笑顔で居なきゃね。
「うん、ちょっと元気出てきたかも…」
魔理沙さんの言葉が胸に響いて、不安な気持ちを和らげてくれたみたい。
ホントに魔理沙さんの言葉は魔法みたいだ。
「よし、じゃあそろそろいかないとねっ」
その一言で気持ち切り替え、食器を片付けると鞄を持ってドアノブに手をかける。
玄関のチャイムはまだ鳴ってないからまだ魔理沙さんは来てないだろうけど、天気もいいし玄関で待っていても構わないだろう。
「それにしても、今日から魔理沙さんと一緒に登校出来るなんて嬉しいな」
自然と口をついて出た言葉に、自分でも少し驚いてしまう。
昨日知り合ったばかりの人に対して、人見知りの自分がここまで打ち解けられるなんて初めてかもしれない。
それだけ魔理沙さんが話し易くて、素敵な人だということかもしれないけれど。
「それに、私と魔理沙さんはもう……友達だもんね」
“友達”という2文字に気持ちが弾む。
そんな跳ねる気持ちに押され、ドアを開けて外に出る。
玄関に鍵をかけて門のところまでやってくると、門に寄りかかっている人影が見えた。
「あれ? 魔理沙さん?」
「あっ!? お、おはようアリスっ!」
私が声をかけると、慌てたように門から飛びのき挨拶をしてくれた。
でも、どうしてこんなところにいたんだろう?
もしかして私、チャイム鳴ったの気づかなかったのかしら…?
「おはようございますっ。えっと…私がチャイム気づかないから、ここで待っててくれたんですか…?」
「い、いやっ…違うんだっ。今私も来たばっかりなんだよっ!」
「あ、そうなんですかっ。それはタイミングよかったです」
どうやら私がチャイムに気づかなかったわけではないみたいで、とりあえず一安心。
「あ、あぁっ! タイミングぴったりだったぜっ!」
ニカっと笑いながら親指を立ててみせる魔理沙さん。
こんな朝早くから元気ですごいなぁ…。
なんだか魔理沙さんの近くに居ると、こっちまで元気が出てきそうだ。
「そういえば昨日はすみませんでした…。用事があったみたいなのに引き止めてしまって…」
「へ? 用事?」
私の言葉に魔理沙さんは首を傾げる。
昨日の様子から大事なようだと思ったんだけど…。
「あれ? 昨日帰るときに言ってたじゃないですか。なんだか慌てた様子だったし、大事な用だったんじゃないかなって…」
「あ、あぁそうだったなっ。えっと……あれだ、そんな大した用事じゃなかったから大丈夫だぜっ」
「ホントですか…? 昨日はすごく焦ってたみたいだったから大事な用かと思ったんですけど…」
「ほ、ホントだってっ。だからアリスが気にすることないからっ」
なんだか昨日の余裕が無くて、なにかを誤魔化しているように見える。
もしかしたら、大事な用事があったとわかったら私が気にするから、気を使ってくれてるのかもしれない。
そんな気配りが出来るなんて、やっぱり魔理沙さんは素敵な人だなぁ…。
「ありがとうございます。やっぱり魔理沙さんって優しい人ですね」
「ま、まぁな。それよりそろそろ霊夢の家にいかないか? 遅れるとどんな文句言われるかわかったもんじゃないからな」
「えっ? 少し遅れた位じゃ、霊夢は文句なんて言いませんよ?」
魔理沙さんの霊夢のイメージに違和感を感じる。
ちょっとの遅刻くらいじゃ、霊夢は笑って許してくれると思うんだけど…。
「あ〜…やっぱ私とアリスの扱いがまるっきり違うんだな霊夢は…。私が待ち合わせに遅刻なんかしたら、その日は何かにつけて文句言ってくるからなぁ」
「そ、そうなんですか…」
魔理沙さんと私ではそこまで態度が違うのね霊夢は…。
まぁ、悪気があってやってる感じじゃないから、自然とそうなっちゃうのかな…?
「というわけで、遅くならないように霊夢の家に行くとしようぜ」
「そうですね、初日から遅刻するわけにもいきませんし」
「霊夢おはよ〜っ」
「おはようだぜ」
「おはよう二人とも」
いつものように境内の掃除をしている霊夢に挨拶をする。
彼女は学校に行く前でもこうして掃除を欠かさない。
中学生の頃からほとんど一人でこの神社を管理しているんだから、本当に凄いと思う。
「しかし今から学校だって言うのに、よく掃除なんてする気になるなぁ…。行く前から疲れちゃうぜ?」
「いや、毎日やってることだし毎日全部を掃除するわけじゃないから疲れたりなんてしないわよ? むしろ日課だからやらないとスッキリしないのよね」
魔理沙さんも感心している様子で境内を見回す。
霊夢はなんでもない風に言っているけれど、実際は大変なことなのだ。
たまにお休みの日とかはここのお掃除を手伝ったりするんだけど、結構疲れちゃうし。
それを毎日欠かさない霊夢はやっぱり凄いのだ。
うん、とっても凄いっ。
「…なぁ霊夢。なんだかアリスがお前に凄い尊敬オーラを送っている気がするぜ」
「えっ? あぁ…アリスは時々私を過大評価しすぎるときがあるからね」
「そんなことないもんっ。霊夢は私の自慢の親友だよっ」
私が褒めると霊夢は必ず謙遜したりするけど、彼女が謙虚なだけでホントはスーパー美少女なのである。
なんでもそつなくこなし、人付き合いも上手く勉強も出来る凄い子なんだ。
「すげぇ…なんだかアリスの霊夢への視線がキラキラ光って見えるぜ…」
「あはは…いつものことではあるんだけど、どうしてこうなったのかしら…」
「そんなの、霊夢が凄いからだよっ」
やや興奮気味になりながら、霊夢のよさを力説する。
なんだか二人が少し呆れているように見えるけど、きっと気のせいだよね?
「…しかし、アリスは掃除できる人が好きなのか…?」
「掃除ですか? う〜ん…好きというわけじゃないですけど、掃除を綺麗に出来たりとかちゃんと片付けられる方が素敵だと思います」
魔理沙さんの唐突な質問に不思議に思うけど素直に答える。
やっぱり整理整頓をきちんと出来る人の方が素敵だよね。
「ふ〜ん………今日から掃除とか忘れないようにするか…」
「えっ? なんですか?」
「い、いやっ! なんでもないから気にしないでくれっ」
なんて言ったのか聞き取れなくて聞こうとしたら誤魔化されてしまった。
なんだか少し焦ってるみたいだけど、いったいどうしたんだろう?
「へぇ〜…なるほどねぇ」
「な、なんだよ…」
私と魔理沙さんのやり取りを見ていた霊夢が、ニヤニヤしながら意味深な視線を魔理沙さんに向ける。
さっきまではいつもと変わらなかったのに、今の会話になにかあったかな…?
「昨日家で遊んでたときはそんな感じしなかったから、あの後の帰り道でかしら? 二人のこと少しでも仲良くしようと思って魔理沙に送らせたけど、まさかそんなことになってるとはね〜」
「そ、そんなことってなんだよ…?」
「あら、白を切るつもりかしら? じゃあアリスにも聞いてみ―――」
「―――わぁぁぁっ!! ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
霊夢が私に話しかけようとしたところで、魔理沙さんが慌ててそれを制止する。
二人ともどうしちゃったんだろう?
「霊夢も魔理沙さんもなに話してるの?」
「それはねアリス、実は魔理沙が―――」
「―――だ、だから待てってぇぇええ!! あ、アリスはなにも気にしなくて良いからっ!!」
「???」
二人の不可思議な言動に首を傾げる。
う〜ん…二人じゃないとわからない話なのかしら…?
そうだとしたらちょっと寂しいな…。
「って、どうしたんだアリス? なんだか元気ないけど…」
「えっ!? い、いや…なんでもないですよっ。た、ただ霊夢と魔理沙さんは仲がいいなと思って…」
「へっ!? そ、そういうことじゃないって! そうだよな霊夢っ!」
「そうよアリス。ただおととい魔理沙に、引っ越し祝いってことで私からお菓子をあげたんだけど、それを魔理沙ったらテーブルの上に出しっぱなしでダメにしちゃったらしいの。一緒に帰るときになにかを思い出して焦ってたことはなかったかしら?」
「うん、用事があるからって急いで帰ってたわ…」
霊夢の言葉でなるほどと理解した。
だから魔理沙さんあんなに焦って帰ったんだ…。
「魔理沙がアリスに隠そうとしたのは、アリスが自分が送ってもらったせいで遅くなってダメにしちゃったんじゃないかって気にするかもしれないからよ。アリスは今日ここに来る前も昨日の事で魔理沙に謝ったみたいだし、魔理沙も気を使ったんじゃないかしら」
「そうだったんだ…。ありがとうございます魔理沙さん。やっぱり魔理沙さんすごく優しいんですねっ」
「お、おう…そ、それほどでもないんだぜ」
そっか…魔理沙さん私が気に病まないように気を配ってくれたんだ。
それなのに私ったらなにか隠し事してるだなんて思っちゃって…。
「魔理沙さん、その…お菓子のお詫びがしたいんですけどなにがいいですか?」
「あっいやっ! ホントにアリスのせいとかじゃないからお詫びなんていらないってっ!」
魔理沙さんはそう言ってるけど、私のせいで霊夢がせっかく魔理沙さんに作ったお菓子をダメにしちゃったなら、なにかお詫びをしたい。
気遣いは嬉しいけれど、そのまま何もしないなんて気が済まないし。
「ストップよアリス。魔理沙はアリスがそんな風に気にするからって黙っていたんだから。それにこういう場合は“ごめんなさい”より“ありがとう”の方が良いわよ?」
「ごめんなさいよりありがとう…」
謝るより感謝しなさい。
霊夢から何度か言われたことのある言葉だ。
私が普段からよく謝ってばかりいると霊夢が諭すように言ってくれる言葉。
誰だって謝られるより感謝される方が嬉しい。
だから“ありがとう”と言える場面ではそう言ったほうがいいのだと。
それがきっと、今なんだと思う。
よし―――!
「魔理沙さんっ、昨日お家まで送ってもらったお礼に、今度のお休みに私のお家までお菓子を食べに来てくれませんかっ?」
「へ? でも家に送ったくらいお礼なんて―――」
「―――あらいいの? アリスの“手作り”お菓子よ?」
「て、手作りっ…!?」
「えっと…味なら大丈夫ですよ? こう見えてもお菓子作りは得意ですからっ」
そう、取り柄が少ない私だけどお菓子作りはかなりの自信がある。
唯一霊夢と同じくらい出来ると言っても良いくらい得意なことだ。
…それにしても魔理沙さん、さっき霊夢から手作りだと聞いてからなにか考え込むようにしてるけどどうしたんだろう?
「……よし、お言葉に甘えてご馳走になることにするぜっ」
「あっ……はいっ! じゃあ頑張って作りますねっ」
昨日のお礼の意味も含めてるんだから、これはより一層頑張って作らなくちゃねっ!
「さて、話がまとまったところでそろそろ学校に行きましょう? 早くしないと初日から遅刻しちゃうわ」
「っと、それはちょっとかっこ悪いな。急いでいくとしようぜっ」
「はい、急ぎましょうっ」
三人一緒に神社の石段を駆け下りる。
家を出たときはクラス分けとか自己紹介が心配で緊張していたけれど、二人と話していたらそんな身体の固さも抜けていた。
今から今度のお休みも楽しみだし、どんなクラスメイトと出逢えるのか期待で胸がドキドキする。
これからの学園生活で、どんな人たちと出会えるだろう?
二人とは同じクラスになれるだろうか?
そんなことを考えながら、私は学校への道を急いだ―――
<あとがき>
遅くなってしまってすみません;;
学園モノ5話目になります。
本当は今回でクラス分けまでしてしまう予定だったのですが、思いのほか朝の部分が長くなってしまい次回に持ち越しとなりました^^;
ちなみに魔理沙が霊夢のくれたお菓子をダメにしたというのは、
霊夢の嘘なわけですがそこは魔理沙の途中で慌てたことの不自然さを失くし、
かつアリスが得意なお菓子に絡めてアリスにお礼をさせることで魔理沙との仲を深めようという考えがあったからだったりします。
アリスの言うとおり出来る女ですね霊夢さんw
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